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「サクラちゃんサクラちゃん、あのすっげー美少女、あれ誰だってばよ?おんなじ額当てつけてるから木の葉の忍者ってのは分かんだけど…」

サスケがリイに勝負を挑むところを少し離れた場所で眺めながら、ナルトは手の甲を口元に当て、こそこそとサクラに耳打ちをした。
未だかつて目にした事のないような美少女。何より先ほど垣間見せた実力と、サスケ自ら勝負を挑みに掛かるという滅多にない事態に興味が湧いたのか、ナルトの瞳の中には困惑と隠し切れない好奇心が見て取れる。
一方、サクラはナルトに向き直ると、あきれたように肩を竦めた。

「アンタ知らないの?あの人くのいちの間じゃ有名よ。確か私達の一期上で…。ってそんなことよりも!何なのあの人、素手であのサスケ君の蹴りを受け止めるなんて、信じられないわ!」

それにあの恰好…、とサクラはちらりと目を動かし、横目でリイの姿を盗み見る。
ほとんど肌の露出がない恰好にも関わらず、全身から滲み出るあの色気。全身タイツによって強調されたくびれや、膨らみかけた胸、そして顔以外で唯一肌の部分が露出している左足の太もも部分…。少女から大人の女性へと花開こうとする直前の危うい色香に、サクラは顔を赤くし、その後青くさせた。
同性である自分ですらクラつく美貌。到底自分とは、比べようもない。

(まさかサスケくん、あの人の事…!?)

向かい合う二人の姿に、内なるサクラが悲鳴を上げた。

(こっこのままじゃマズいわ、あの二人がこれ以上接近する前に、なんとかしなきゃ!しゃーんなろー!!)

「あっあの、サスケくんっ!!」

サクラはサスケの興味をなんとか逸らさなければと、大きな声を出して二人の注意を引いた。
一斉にこちらを振り向いた二人にたじろぎながらも、サクラは時計を指さして「受付の四時までにあと三十分もないわ」と注意を促す。
しかし、サスケはそんな事などどこ吹く風、サクラの言葉を「五分で終わる…」と受け流すと、右手を引いて構えを取った。

「ちょっとサスケくん…っ!?」

「さっきのオレの蹴りを腕で受け止めた技…お前、只者じゃないな。あれはいったいどんな忍術だ」

言い終わるや否や、サクラの制止も聞かずサスケは腕を振りかぶって攻撃を仕掛けた。
ほぼ不意打ちでの素早いスピードの突き、しかしリイはそれを難なく避けると、三歩程後ろに跳び、体制を立て直す。

「私は勝負を受けると言った覚えはないのですが」

「ハァッ!」

床を蹴って勢いを付けたサスケが肉薄する。リイは顎を狙って放たれた蹴りを数センチのところで躱し、再び後方へ向かって回転しながら飛んだ。くるり、と軽い動作で空中を一回転したリイは、殆ど体重が掛かっていないかのように足音も立てないまま数メートル向こうへと着地する。先程よりも双方の間に距離をとり、簡単には攻撃を仕掛けられない位置へと逃げた。

「蹴りを止められたことがそんなに気に障ったんですか?しかし、あんな場所でいきなり乱闘を始めるのは感心しませんよ…すぐ近くに私のチームメイトも倒れていましたしね。それにしても…」

リイはすっと目を細めた。
走り出したサスケの右足が強く床板を蹴り、勢いをつけた拳がリイを狙って放たれる。
頬、顎、首筋、鳩尾…。的確に急所を狙って繰り出される攻撃を、まるで遊んでいるかのようにひらひらと避けながら、どうしたものかと思案する。
サスケと戦う気はないが、これ以上ここで時間をつぶして、自分のチームメイトを待たせる訳にもいかない。

(…仕方ないか)

「何事も自分の物差しで測るのはよくありませんよ。いいですか、そもそもそんなアカデミーで叩き込まれたような体術がこの先で通用すると思っているなら大間違いです。アカデミーの訓練と実戦は、当たり前ですがくらべものにならない」

教科書を見ているかのように、素早く正確に繰り出される急所を狙った突きは、リイがアカデミーの頃に習った体術そのものだった。確かにそのスピード、精度はともにトップクラスで、恐らくアカデミーであれば満点の評価が下される代物だろう。
しかし、幼少より我流の体術を極め、この一年で実戦経験を積み、今や名門日向一族の中でも天才と名高いネジと肩を並べて戦うリイにとって、そんなものはお遊び以外の何物でもなかった。
リイは横から飛んできた回し蹴りを上に跳んで避けると、それまで防戦一方だった構えを解いて勢いよく踵を振り下ろした。

「…っ!」

咄嗟に体を反応させてその踵から逃れたサスケを、今度は足元からの蹴りが待ち受ける。上空からの攻撃は囮。攻撃を避けた際に生まれる隙を利用しようと、リイはサスケの足元に目にも止まらぬ早さで回り込み、その両足を薙いだ。
バランスが崩れ、がら空きの胴体に続いての蹴りがスローモーションで近づいてくる。

早い、避けきれない!

「サスケ君!」

腕を交差させ、リイの蹴りを受け止めるサスケ。しかしスピードを乗せたリイの蹴りは重く、咄嗟にガードするが、あっけなくサスケの体は後方に飛んだ。
まだ子供といえど、自分と殆ど体格の変わらない相手、それもガード体制をとっていた相手を身体ごと数メートル吹っ飛ばすほどの蹴りを繰り出しておきながら、涼しい顔をしたままのリイ。これにはさすがのサスケも動揺する。

「ど…どういうことだ…!?オレは今確かにガードしたはず…」

ガードをすり抜けた…?いったいどんな忍術や幻術を…。

余裕があるかのように澄ました表情を浮かべたリイに、サスケは眉を顰めると両目へとチャクラを集中させた。

こうなったら…。

すう、と瞳の色が変わる。赤い色に、特徴的な文様。両目に現れたそれに、サクラは驚いて口を開けた。
写輪眼。それも、両目に。

「…これならお前の術を見切れる…」

口角を上げたサスケに、サクラは高揚して頬を染めながら握り拳を作った。
流石はうちは一族。あのサスケが、カカシの使う瞳術と同じ力を発動させて負けるわけがない。
サスケが揚々と地を蹴り上げ、飛び掛かる。サクラが勝利を確信した、その瞬間だった。


目に見えないスピードで真下から繰り出された強烈な蹴り。思い切り顎を蹴り上げられたサスケが、血を吐きながら宙を舞った。


「なんだってばよ、今の…!?動きが全然見えなかったってば!」

「…え、どういうこと!?写輪眼が…!」


目を見開くナルトに、動揺を隠せないサクラが叫ぶ。
食いしばった歯の間から鮮血を散らしたサスケは、瞳術を発動させても見切ることのできないそれに、一つの結論を生み出す。

まさか、こいつの技は…!


「驕りが過ぎましたね。ただの体術にですら対処できないのなら、そんな大層な瞳術は宝の持ち腐れですよ…」


これでとどめ、と言わんばかりに宙を舞ったサスケの後ろに回り込むという木の葉流体術、影舞葉を行ったリイは、手の包帯をサスケの服に巻き付け、それを勢いよく引っ張った。
このままの勢いで地面に叩き付ければ、失神位はするだろう。
これ以上因縁をつけられるのはよして欲しいし、少々手荒ではあるが仕方がない。時間がないのはこちらも同じなのだ。


「噛みつく相手は選んだ方がいい」


逃げられない、とサスケが焦りを顔に浮かべた、その時だった。


「そこまでだ、リイ!」


リイの手からほどけた包帯に、風車型のクナイが突き刺さった。
包帯ごと壁に縫いとめられて、失速したリイは空中で方向を転換し、回転しながら着地を果たす。一方でサスケは受け身を取る事すらできず、ぎりぎりで床との間に滑り込んだサクラによって受け止められていた。

「大丈夫!?サスケくん…!?」

かつてないほど動揺した様子のサスケに心配そうに声を掛けたサクラだったが、次の瞬間背後から聞こえてきた大きな声に思わず注意をそちらへ向けた。

「せ、先生…見てらしたんですか…」

いかにも恥ずかしい、といった様子で顔を赤くし、眉を下げながらうつむくリイ。その眼前には、一匹の大きなカメがいた。

…カメ?

サスケたちの視線が、一気にそのカメへと集まる。

「まったく…リイよ、逸る気持ちは分かるが、試験前に乱闘を起こすのは感心しないぞ!たとえ相手が先に手を出してきたのだとしてもだ!!」

「は、はい…申し訳ありません…。先を急ぐあまりについ、こちらも応戦してしまいました…」

「この馬鹿!」

怒鳴られてびくりと体を震わせるリイ。そんな姿が怯えた小動物と重なって、ナルトはなんだかきゅんとした気持ちになった。いやはや、美少女は叱られていても様になるのである。

「ていうか…あのカメはなんだってば?叱られてるし…もしかして、あいつの先生とかかなあ?」

頭にハテナマークを浮かべながら首をかしげるナルトに同意するように、サクラ達も訝しげに眉毛を寄せる。
そもそもカメって忍者の先生になれるのか、というナルトの質問を、私が知るわけないでしょうと一蹴したサクラは、ともかく事の成り行きを見守ることにした。

「そんな言い逃れが通用すると思うか!お前は確かに強い…しかし忍が己の力を明かすという事はどういうことか、お前もよく知っているだろうが」

「弁明のしようもありません…」

すっかり意気消沈した、という様子のリイの頭に、サクラはくったりと垂れた犬の耳の幻想を見た。まるで子犬だ。
震える睫毛と潤んだ瞳がさらにその幻想を強くする。

「覚悟ができたであろうな?」

「は、はい。ではガイ先生、お願いします」

身を縮こまらせたリイが深く頭を下げる。すると、カメの甲羅から人間一人分程の大きさの煙が弾けた。




「まったく!青春してるなー!お前らーっ!!」




緑色の全身タイツに身を包み、なんとも言えないポーズを決め、サラサラのオカッパ頭を躍らせながら、いつぞやの時と同じ登場の仕方を果たしたガイに、ナルト達三人は白目を向いて思いっきり叫んだ。

「うっげぇぇぇええーっ!!なんじゃこの濃ゆいのーっ!?」

キラーン、と白い歯を光らせて親指を立てるガイ。三人は思わず口元を抑えた。
この年頃の少年少女に、この濃さは辛すぎる。

「激濃ゆ…」

「激オカッパ…」

「ス…スゲー激眉…。オレってばあんなの初めて見た…」

正直に言って、三人はドン引きした。しかしこれがガイを前にした人間の正常な反応であることは言うまでもない。

同じ緑色のタイツを着て、ほぼ同じスタイルの恰好をしているというのに、受ける印象がここまで違うとは…。サクラはガイの横に並んだリイとの対比に、口元をひくつかせた。あまりに違和感がなさ過ぎて気付かなかったが、あの全身タイツを着こなすリイの異常さに改めて気付かされる。
び、美少女って怖い。

「さっきから聞いていれば濃いとか眉毛とか失礼な…。君たち、もしガイ先生を貶めるつもりで言っているのなら、今度こそ容赦はしませんよ?」

リイの顔から表情が消え、指がパキパキと鳴らされる。立ち上る先程とは比べ物にならない殺気に思わず戦慄したサクラとサスケだったが、ここで空気を読まないナルトが「うるせー!それ以外にどう表現しろってんだよ!!」と叫び返した事で緊張が解けた。

「リイ、ちょっと来い!」

ガイに手招きされ、ぱっと表情を変えたリイが「はい!」と振り向く。小走りでガイの元へと駆け寄った次の瞬間、ガイはリイの頬をぺちりと叩いた。




あの!稀代の美少女と名高いリイの顔を!!
この美少女とは程遠い位置に生きているような激眉のオッサンが!!

軽くとはいえ何の戸惑いもなく、叩いた!!!!

叩いた!!!!




目を疑うような信じがたい光景に三人は口をあんぐりと開けた。

「せ、先生…」

叩かれた頬を手で押さえ、潤んだ瞳でガイを見上げるリイ。

「先生、私は、私は…っ」

そんなリイの肩をがっしりと掴み、ガイは「お前ってやつは、お前ってやつは…!」と呟くと、こらえきれないように両目から涙を流した。
同じようにリイの瞳からも、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

お、同じ泣き顔で、ここまで差が…!

三人の心の声が一致した。


「もういいリイーッ!!何も言うな!!」

「先生!!」



がっしりと抱きしめ合う二人。
そんな様子を尻目に、三人はもはやツッコむことすらも放棄した。しかし「うわあ…」という呟きが思わず漏れてしまった事だけは大目に見てほしい。
サスケに至っては「なんでオレはあんな奴に勝負を挑んだりしたんだ」と軽く後悔までしてしまっている。

「そう…これこそ青春だ!!」

「先生…!!」

再度固く抱きしめ合う二人。あのロック・リイが、こんな激眉の濃いオッサンと泣きながら抱き合っている光景だなんて、言ったところで誰が信じるだろうか。
「どういう図だってばよコレ…」というナルトの呟きに、サクラはただ「見なかったことにしましょう」と返すしかなかった。







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