09

「だから、そこ通しなさいっつってんのよ!」

ざわつく人波の中、いい加減しびれを切らしたテンテンが、眉を思い切り怒らせながら『301』の扉を通らせまいとする二人組へつかつかと歩み寄った。
こうなれば武力行使も辞さない、といった剣幕だ。その証拠に、右手の指先が太ももの忍具ホルダーに触れている。

「ケツの青いガキが…」

次の瞬間コテツは勢いよく拳を振りかぶり、近づいてきたテンテンの頬を容赦なく殴り飛ばした。
鈍い打撃音が響き、テンテンが小さなうめき声をあげながら床へと倒れこむ。「ひでぇ」と誰かが呟く声が聞こえた。

「なんだって?」

ぎろりと声の聞こえてきた方を睨み付けたコテツは、あきれたように肩を竦めながら、息をのんで成り行きを見守る群衆をぐるりと見渡す。

「…いいか、これはオレ達の優しさだぜ?中忍試験は難関なんだ…」

その場にいる一人ひとりへと視線を移しながら、コテツは中忍試験というものがいかに厳しいものであるかをひとしきり語る。小ばかにしたような表情を浮かべながら倒れこんだテンテンを見下ろし、「それをこんなガキが…」と吐き捨てた。


「どっちみち受からないものをここでフルイにかけて何が悪い!!」


コテツはにやりと口角を上げ、その場に佇む下忍達を威圧した。怖気づくもの、圧倒されるもの…。この程度で尻込みしているようじゃ、まだまだだ。コテツは内心でこの場に居る下忍達を評価する。
ちらり、と目を向ければ、先ほど殴り飛ばしたテンテンとその傍らに佇むネジは、その眼光を物ともせず、逆にコテツ達の事を睨み返していた。

(度胸はまあまあ、期待できるのはこいつらくらいか…)

「あのう」

と、その時、立ち尽くす下忍達の中からすっと包帯にまかれた手が挙げられた。
決して大きいわけでもないのに、その凛とした声はこの騒然とした空気の中を通り抜ける。周囲の下忍達は声のした方を振り返り、次の瞬間あっけにとられたかのような表情を浮かべ固まった。

手を上げた人物が、テンテン達の居るドアの前の方へと、群衆の中から一歩踏み出した。
自然と人の波が割れ、イズモとコテツの前には一人の少女が現れる。

サイドだけを残して短く切られた黒髪はつやつやとした天使の輪の光を放ち、歩くたびに首に巻かれた長く白いマフラーがふわりと風に揺れる。
片足だけ太もものラインで切られた緑色の全身タイツに、黒いニーソックス、オレンジのレッグウォーマー。鉢金部分が左腰に来るよう巻かれた額当てが、きらりと光を反射する。
どこかで見たような色彩、どこかで見たような恰好。一見奇抜にすら思えるそれを、完璧に着こなしている。しかし、何よりも目を引いたのはその少女の外見だった。

正しく地上に舞い降りた天使。

睫毛の濃い大きな瞳に、白い頬、みずみずしい艶を放つ唇。神の造り給うた最高傑作と言わんばかりに神々しいまでの美しさ。彼女と並べばどんな美しい花や宝石でさえ霞んで見えてしまうだろう。
ただ静かに足を踏み出す、その動作だけでその場に居た下忍すべての視線を集約させたロック・リイは、ドアをふさぐイズモとコテツに視線を合わせると、困ったように眉を寄せながら小さく微笑みを浮かべた。
人の心をつかんで離さない、蠱惑的な笑み。それを直接向けられたイズモとコテツは、その他の人々の例にもれず、自然と頬を赤くさせた。

リイは微笑みを浮かべたまま、ネジと倒れこんだテンテンを一瞥すると、おもむろに桜色の唇を開く。



「いいからそこをどいて下さい。あと、さっさとこの幻術の結界を解かないと、痛い目見る事になりますよ」



バキリ、と包帯を巻かれた拳が鳴らされる。
場の空気が、一気に凍った。

「それに、うちのチームメイトに手を出したからには、それなりの覚悟をしていただかなくてはね…」

にっこり。

先程のふわりとした微笑みから一転、有無を言わせない力を込めた笑みを向けられたイズモとコテツの背に、一筋の汗が流れる。

目を見ただけで分かる。こいつはかなり強い。

僅かに動揺した二人が、思わず武器に手を掛けた。すると、今度は逆の方向から声がかかる。

「受からない連中をフルイにかけるってのは正論だが…そいつの言う通りだな。早くこの幻術を解いてもらおう。オレたちはここを通る」

皆の視線が集まる中、人波を掻き分けて現れたのは、今期の下忍の中で最も注目され、ルーキーの中でも実力ナンバーワンと噂される少年、うちはサスケだった。
「オレは三階に用があるんでな」というサスケの言葉に、周囲の人間は一体何を言っているんだ?と首を捻りながら顔を見合わせる。得意そうにニヤリと笑ったサスケと、不思議そうな表情を浮かべる人々。ネジとテンテンはその様子を眺めながら、眉間に皺を寄せた。

どうやらコイツも、少しは出来るタイプであるらしい。

「ホウ…気付いたのか、キサマら!?」

イズモがサスケとリイの顔を見比べる。リイはといえば、もはや彼らからは興味を失ったかのように視線を斜め上の方へと動かしていた。
サスケはフンと鼻を鳴らすと、後ろに居たチームメイトのサクラを振り返り、「どうだ」と意見を促す。

「お前のなら一番に気付いてるハズだろう。お前の分析力と幻術のノウハウは俺たちの班で一番伸びてる」

不敵に笑ったサスケに頬を染めたサクラは、それまでの頼りなさげだった表情を一変させて力強い表情を浮かべ、扉の前に立つ二人を睨み付けた。

「…もちろんとっくに気付いてるわ!だってここは二階じゃない!」

その瞬間、掛けられていた幻術が解けた。教室に掛かっていた札が『301』から『201』にへと変化し、コテツは「ふぅん…」と嘆息する。


「なかなかやるねェ。でも…見破っただけじゃあ、ねぇっ!!」


ふっとコテツの影が動いた。瞬きする間に下からの鋭い蹴りがサスケに向かって繰り出され、サスケも負けじと応戦しようと動く。
その様子を横目で眺めていたリイは、ふう、と一つため息をついた。

(まったく、血の気が多いこと…)

目にも留まらぬ速さで二人の間に割って入ったリイは、双方の脚の軌道を見切ると、いとも簡単にその脚を掴んで二人の蹴りを止めた。
バランスを崩して倒れこむコテツと、驚いたような表情でその手を見つめるサスケを一瞥し、リイは静かに口を開く。



「こんなところで暴れないで下さいません?万一そこで倒れてるテンテンが巻き込まれでもしたら、責任取って下さるんですか?」



パッとサスケの足を離したリイは、そのまま両手を叩くと、踵を返して倒れこんだままだったテンテンに手を差し伸べた。

「まったく…ネジも、下手に注目されて警戒されたくない気持ちも分かりますが、女の子が殴られて倒れているのに助けもしないとは何事です。ましてやチームメイトを」

嫌味のようにネジへ冷たい視線を向けるリイに、ネジは眉を顰めると、ふんと鼻を鳴らした。

「お前、分かってて言ってるだろう…」

「リイ、私は大丈夫よ」

くい、と頬をぬぐったテンテンの顔からは先程の傷が消えていた。
まるで、殴られた事実など最初から存在していないかのように。

「勿論それは重々承知の上ですが…。そもそも常日頃からネジには思いやりというものが足りないんですよ。ガイ先生を見習ったらどうです」

やれやれと肩を竦めるリイに「見習える訳ないだろうふざけるな!!」と怒鳴り返したネジは、テンテンに「悪かったな」とぶっきらぼうに謝ると、気まずそうに目を逸らした。どうやら自分でも、少しは思うところがあったらしい。
先程の殺伐とした空気からは一転、和気あいあいと話し出した三人に、その場に居た下忍達は思わず脱力する。

「それにしても…」

不意に、ネジはこちらをじっと見つめている視線に気が付き、その方向へと首を傾けた。
つられるようにして首を動かしたリイの視線の先には、鋭い目でこちらを睨み付けるサスケの姿。

「おい、そこのお前…」

そんなサスケの元へおもむろに近づいたネジは、少しだけ口角を上げながら立ち止まると、「名乗れ」と声を掛けた。
ネジからにじみ出る余裕と強者のオーラに気圧されたのか、少し顔を歪ませたサスケは「人に名を聞くときは自分から名乗るもんだぜ」とその問いを軽くあしらう。

「お前、ルーキーだな。歳はいくつだ?」

「答える義務はないな…」

会話は、それで終了した。サスケとネジは互いに背を向けて、それぞれの向かう先へと歩き出す。
「かわいいもんね」と小さく笑ったテンテンがネジの背を追いかけていく姿を眺めながら、リイもそろそろ行くか、と一歩を踏み出した。
確か第一次の試験は筆記試験だったか…と十年以上前に読んだ漫画のおぼろげなストーリーを思い出していた、その時だった。

「待て。お前に聞きたいことがある…」

唐突にサスケに腕を掴まれて、リイは何事だと振り向いた。
何を考えているのか、目の下に皺を寄せながらリイを睨むサスケと、その後ろで何やら白目を向いているサクラとナルトの様子に、なんかめんどくさい事になりそう、とリイの第六感が告げる。
どうした、とばかりに振り向いたネジとテンテンに、すぐに済ませるから先に行ってくれと手を振ると、リイは改めてサスケに向き直った。

「何か?要件があるなら、手短にお願いしたいのですけれど」

「さっきの―――…、いや、面倒だな。オイお前、今ここで、オレと勝負しろ」



なんて唐突な。



このまま何事もなく試験開始…と考えていたけれど、やっぱりこういう展開になるのか。
リイは思わず眉を顰めた。







「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -