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無事に新年を迎え、皆で力を合わせて拵えた門松や注連飾りを飾り、質素ながらお節も食べた。
いつも稽古場として使っている本堂で新年の祝いを催しながら、お年玉代わりと高杉から渡された新しい着物を纏った佳乃は、皆の視線に晒されながら思わず顔を赤くした。

「よく似合ってる」

華やかな赤に、染め抜かれた花と金糸の刺繍が鮮やかな美しい着物。この着物を選んだ高杉を恐る恐る見ると、彼は満足そうに笑って小さく頷く。
酒で赤くなった顔の仲間たちから口々に褒められて、佳乃はなんだか居心地が悪くなった。
こうして見ると、この美しい着物には厳しい修行や訓練によってぼろぼろになった手はひどく目立つ。佳乃はその手をそっと袖の中に隠すと、身を縮こまらせた。

ここでは、正月を迎えると皆一つ歳を取る。
そういうわけで、佳乃はめでたく十四歳となった。

いつになく綺麗に整えられた髪や飾りを気にしながら、佳乃はとうとうこの世界で歳を重ねたのだと実感する。
この世界に来た当初よりもいくらか背が伸び、体にも変化があった。
時間は止まる事なく、流れ続けている。

大人になろうと日々成長を続ける体と心。



共に戦場に立つことによって随分と打ち解けた仲間達と共に笑う自分は、もうすっかり“この世界の人間”だった。



「鉄砲隊の連中には、後でわしからも年玉があるぜよー!」

酒ですっかり出来上がり、真っ赤になった顔で坂本が拳を突き出す。
するとあちこちから、部下の「あんたのいう玉は、玉は玉でも鉄砲玉の事だろー!」「昨日仕入れてきた分を人数分に分けてるとこ、見てたから知ってるよ!」というヤジが飛んだ。なんだばれていたか、と頭を掻いた坂本は「それならこれはどうじゃ!」と懐から瓶を取り出す。

「そっそれは…!?」

「もしや幻の…」

慄く男たちに、坂本はふふふ、と笑った。


「そう…幻の銘酒十三代…!わしのとっておきぜよ…!!」


どん、と床に瓶を置いた坂本は勢いよく立ち上がると「これが欲しければおまんら何か芸を見せえ!!わしを一番満足させた奴に一瓶まるまるくれてやるぜよ!!」と叫んだ。オオ!と応じる男たちが、一斉に坂本へと駆け寄る。

「俺は腹踊りするぞ!」「おれのドジョウ掬いに勝てるのかお前」「何の、坂本さんオレと野球拳で勝負しましょう」「やめろ男同士の野球拳なんて見たくねえよ!」「落ち着けまずは俺の玉すだれをだな」

佳乃はわあわあと騒がしくなった宴の席を尻目に、我関せずといった様子で盃を呷る高杉へと視線を向けた。
ふと、目が合う。すると、にや、と高杉の口角が上がった。

(あれ、なんだかイヤな予感)

思わず身構えた佳乃に、高杉は手招きをする。
訝しげな顔をして立ち上がり、隣へと腰を下ろした佳乃に、高杉はただ一言「お前も何かやってこい」と顎で坂本の方を指した。
え、と目を丸くした佳乃の背を軽く叩き、高杉は不敵に笑う。

「お前も芸の一つくらいできるだろう。あいつから酒をぶんどってきて俺によこせ」

「芸ったって…私、そんなのやったことないです」

「折角綺麗なべべ着てるんだ。歌でも唄ってこい。あいつはお前に甘いからな…そうさな、酒を貰えたら、俺が代わりに何か褒美をやる」

さあ行け、と背を押され、佳乃はしぶしぶ立ち上がった。苦笑を浮かべた桜と目が合い、佳乃は困ったように眉根を寄せる。
こうなればやるしかない。佳乃は腹をくくって坂本の周りに出来た人垣に足を踏み入れた。

輪の中心では、へべれげになった銀時が坂本に腕相撲を挑み、同じく酔っぱらった桂がそれを囃し立てていた。坂本や銀時はともかく、普段真面目な桂のそんな姿に佳乃は驚きを隠せなかったが、酒の力というものはそれくらい大きいのだろう。

さて芸か。どうしたものか。
銀時に酒を取られてはかなわないと坂本を応援する周りの男達を眺めながら、柄にもなく緊張してしまい喉が渇いた佳乃は、近くに置いてあった屠蘇の銚子と一番小さな盃をつまんだ。
屠蘇散で味付けされた日本酒が喉をすべり、熱となって胃に沁みる。
まだ子供である佳乃は酒をそんなにおいしいものだとは思わなかったが、その一口は佳乃の中にあった僅かな迷いを消し去った。
ほんのり頬を上気させた佳乃は少しふわふわとした足取りで輪の中心へと歩み寄る。足元には、ギリギリで坂本に負けた銀時が腕を抑えて転がっていた。

「お?どうした佳乃、おまんも挑戦するか?」

銀時に勝利した事で上機嫌になった坂本が、己の前の床をポンポンと叩く。
促されるまま、袖を踏まないように気を付けながらちょこんと坂本の前に座った佳乃は、「唄います」と頭を下げた。

「歌か!楽器がないのが残念じゃのー」

微笑みながら手を叩く坂本に、ざわついていた周囲がだんだんと静かになる。
酒の力を借りているとはいえ、視線を集めた事で流石に少し緊張した佳乃は、もぞもぞと落ち着かなげに袖と着物の裾を直すと、小さく咳払いをした。

す、と周囲の声が消えた。佳乃は目を閉じ、深呼吸をする。

こうして人前で歌を唄うのは久しぶりだ。

佳乃は深く息を吸い込んで、右手を着物の袂に当てると、その息を胸に留めた。
喉を上に反らし、口を開く。こぼれ出た旋律は高らかに澄み渡り、聴衆の意識をその歌声で染め上げる。


「―――淡き光立つ 俄雨
いとし面影の沈丁花
溢るる涙の蕾から
ひとつ ひとつ香り始める

それは それは 空を越えて
やがて やがて 迎えに来る

春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに
愛をくれし君の なつかしき声がする

君に預けし 我が心は
今でも返事を待っています
どれほど月日が流れても
ずっと ずっと待っています

それは それは 明日を越えて
いつか いつか きっと届く

春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く

夢よ 浅き夢よ 私はここにいます
君を想いながら ひとり歩いています

流るる雨のごとく

流るる花のごとく

―――春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに
愛をくれし君の なつかしき声がする

春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く…」


ふう、と息を吐き出すと、佳乃は目を開いた。
胸に当てていた手をおろし、静かに一つ頭を下げる。
ぽかんとした表情を浮かべていた面々は、ややあって我に返ると皆一斉に手を叩いた。
次第に大きくなるそれに、佳乃はなんだか気恥ずかしくなって頬を赤くさせる。

「驚いた、佳乃は歌がうまいな。わしゃ思わず聞き惚れてしまったきに」

坂本にわしわしと頭を撫でられ、佳乃は目をつむった。折角整えた髪が台無しになる、と思ったが、お世辞でも褒められて悪い気はしない。

「こりゃ、佳乃の勝ちだな」

「あれにゃあ流石に勝てねえよ」

「しっかし、佳乃がこんな芸を隠し持ってるとはなあ…」

坂本が「おまんの勝ちじゃ」と笑いながら酒の入った瓶を差し出す。佳乃はそれを受け取ると、礼を言ってそそくさとその場を立って桜と高杉が座っている所へと引いた。皆がにこにこと頭を撫でるものだから、世辞をあまり言われ慣れていない佳乃はなんだかいたたまれなくなったのだ。
高杉に坂本からもらった瓶を差し出せば、こちらでもやはり頭を撫でられて、佳乃は今自分の頭はとんでもないことになっているだろうな、と思った。

「よくやった」

「…私、変じゃなかったですか?」

「ああ。聞いたことのねェ歌だが、いい歌だな。良い肴になった」

くい、と高杉が盃に残っていた酒を飲みほす。佳乃はくしゃくしゃに乱された髪を手櫛で直しながら、桜の方へと顔を向けた。桜はいつものように優しい笑みを浮かべると「綺麗だったぞ」と佳乃の髪の乱れた部分をちょいと戻す。

どんな賛辞の言葉より、桜のその一言が何よりも佳乃の胸を高鳴らせた。

佳乃は真っ赤になった頬を隠すように、袖で顔を覆う。
その年相応の可愛らしい様子に、高杉と桜は顔を見合わせ、苦笑した。

騒がしい室内とは裏腹に、外では未だ止む様子を見せない雪がひらひらと音もなく舞い落ち、そこには静寂の世界が広がっている。
こうして、新年の夜はゆっくりと更けてゆくのであった。







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