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「佳乃、風邪はもう大丈夫なのか?」

木刀を携えて本堂に現れた桂は、素振りをする佳乃を見つけて驚きながらも声を掛けた。
熱もすっかり引いて体調も良くなり、稽古もできるまでに回復した佳乃は、運動で幾分か血色の良くなった顔で振り返りながら「おかげさまで」と笑う。
現代とは違い薬も無く、一歩間違えば風邪ですら命を落とすこの時代、思ったよりも長引いたくらいで完治する事ができたのは幸運だった。しばらく布団から動くことが出来なかった為、素振りだけでも息が上がってしまうくらい体力は落ちていたが、それはこれから調子を戻していけばいい。
ここ二、三日、長州の天人の動向を探るために廃寺を離れていた桂が持ち帰ってきた情報によると、例年より深く降り積もった雪でどこも進軍がままならず、暫くの間戦は鳴りを潜めるだろうとの事だった。

春が来るまで。

春が来るまでは、この平穏な時間が続く。

「そういえば桂さん、今朝から銀時さんや桜の姿が見当たらないんです。もうすぐ朝餉の時間だから、そろそろ…」

ふと、佳乃は素振りをする手を止めて桂の方へ向き直った。
日は既に高く昇っており、窓枠に積もった粒の大きい雪が眩しい光を跳ね返している。こんな時間になっても銀時が起きてこないのは常の事だが、毎朝早くに起き出し朝餉の準備を手伝う桜まで居ないとなると話は別だった。

「ああ、銀時達ならさっき庭の方で見かけたぞ。何やら高杉と言い合いをしていたからな、どうせいつものアレだろう。まったく、あいつらにも困ったものだ…いつになったら落ち着きというものを持つのやら」

桂があきれたように肩を落とし、ため息をつく。
いつものアレ。佳乃はその言葉に、ああ、と苦笑いを浮かべた。
銀時と高杉。何かと顔を合わせるたび周りを巻き込みながら喧嘩をする彼らの間に、今回は桜が巻き込まれたという訳か。

「まあ、放っておけ。そのうち腹が減れば戻ってくるだろう」

「でも、冷たいご飯は可哀想ですし…、私、呼んできます」

「あ、おい!ちょっと待て…」

腕を掴んで呼び止められ、佳乃は振り返った。間髪入れずに、桂の羽織が頭からばさりと被せられる。
つい今し方まで桂が着ていた証に、羽織に宿った温もりが冬の空気に冷えた佳乃を包み込んだ。

「着ていけ。外は寒い…ぶり返したら事だぞ」

佳乃の体には幾分大きな羽織で肩を包まれ、頭を撫でられる。冷えた体に、掌の熱がじんわりと伝わった。
恐る恐る見上げれば、歳の離れた妹を見るかのように、柔らかな笑みを浮かべた桂と目が合う。

「あの…」

「いい、どうせ稽古をすれば暑くなる。それより、早く行ってやれ。銀時と高杉はともかく、あいつらのせいで桜が飯を食いっぱぐれるのは可哀想だ」

桂は佳乃の肩を掴み、くるりと後ろを向けた。その背をぽんと叩いて、本堂の外へと送り出す。
佳乃は背を押されるままに二、三歩踏み出したが、ふと桂の方を首だけで振り向いた。桂がどうした、と言わんばかりの表情で佳乃を見る。

「ありがとうございます。…あったかいです」

羽織の襟もとを掻き合わせながら、佳乃は頭を下げた。
きょとんとした顔をした桂はややあって表情を崩すと、小さく笑う。

「くれぐれも無理はするなよ」

「…はい!」

踏み出した拍子に、ふわりと桂のにおいが衣から香って、佳乃は思わず微笑んだ。







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