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―――修羅だ。

その光景を瞳に映しながら、銀時はそう思った。

危ないところだった。彼女が助けに入っていなければ、致命傷を負っていたに違いない角度からの刃。
逸らしたのは、彼女の放った銃の弾丸だった。

情けも、容赦もなく、今まさに自分を殺そうとしていた天人の頭部を力いっぱい銃床で殴りつけ、骨の折れる音を聞いてもまだやめない。
飛び散った鮮血が頬を濡らし、肌と着物を黒と赤の極彩色に染め上げる。
己も人のことを言えた義理ではないが、返り血に染まりながら戦場を駆け、敵を屠ってゆくその姿は、まさしく鬼そのものだ。

―――やめさせなければ。

その返り血に塗れた小さな鬼の姿をみとめた時、銀時の胸には罪悪感が満ちた。いくら強くても、腕があろうとも、佳乃は自分たちが守らなければならない少女である事に変わりはない。
このままでは、彼女の気が狂ってしまう―――いや、とうに狂ってしまっているかもしれない。
己でさえ、奪った命や喪った命―――その積み上げた屍の山に、時に発狂しそうになる事があるのだ。

この細い両肩に、負わせるべき重圧ではなかった―――。

銀時は、未だに殴打をやめない彼女の肩に、そっと手を伸ばした。

「おい、………もう、死んでるだろ」

だから、もういいだろう、とその細い肩を掴む。―――そして、驚いた。
佳乃は、震えていた。

振り向きざま、ゆらり、と動いた黒髪から、赤い雫がぽたりと垂れる。

刹那。
銀時は、息を飲んだ。

―――佳乃は、微笑んでいた。

血まみれの顔で、修羅のような出で立ちで、全身を細かく震わせながら、銀時に対して泣きそうな顔で微笑んだのだ。

「―――よかった」

間に合って。

そう言って、佳乃は血まみれの銃を抱えた腕を下ろした。

その姿を見て―――銀時の胸を、鋭い針が刺したような痛みが突き抜けた。

この少女は、鬼だ。
己と同じ。大切なものを守る為に鬼になるしかなかった、悲しい存在。

そしてその修羅の道を歩ませたのは―――自分だ。

「………俺が…」

あの時、廃寺で彼女の面倒を見ると、己が言わなければ。
このご時勢、どこに行こうと危険がある事には変わりなくとも、どこか、伝手を使って彼女が奉公できるような場所を探してやっていれば、こんな事にはならなかったのではないか。

「銀時さん。私を見つけてくれた人」





私を修羅にしたこと、後悔していますか。





佳乃はそうつぶやくと、次の瞬間には刀を抜き放ち、再び銀時の首を狙おうと斬りかかってきた天人を刀の勢い任せに斬り殺した。

銀時は、その問いに、答える事ができなかった。












―――己には、最早後悔などありはしないというのに。


銀時の背を守るように、佳乃は剣を振るう。
高杉から叩き込まれた、鮮やかに、流れるような太刀筋で。
血飛沫の飛び交う戦場を舞うように。

―――佳乃は、鬼になる道を選んだ。
大切なものを守る為に。

この世界で、ひとりぼっちだった己を見つけてくれた銀時を。
居場所を与えてくれた桂を。
戦う術を教えてくれた高杉を。
進む道を示してくれた坂本を。
心の拠り所となってくれた桜を。

彼らを守るためなら、佳乃は血塗られた道を歩むことを厭わない。







たとえ、修羅と呼ばれる事となろうとも。







真っ直ぐに前を睨みつける。
―――その瞳には、強い光が宿っていた。







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