39

一人。
また、一人。

昨日まで、同じ廃寺で寝食を共にしていた志士達が天人の刃に倒れていく。
知っている顔もあれば、覚えのない顔もあった。―――どれだけの仲間が死んだのか、もはや数えてすらいない。
援護射撃が間に合い、助かった命があれば、その逆もある。

(もう少し、もう少し早く照準がつけば。もう少し早く装填が済んでいれば)

助けられたかもしれない命。

『どんなに強くても、守りたいものを守りきれるとは限らない』

歯を食いしばり、狙えと支持を飛ばす坂本の声に、佳乃は唇を噛み締めた。
本当は。本当はあの人も、彼らと同じように前線に出て、戦いたいのだ。後方支援がいかに大切か分かっていながらも、離れた場所で仲間達が死んでいくところを見るのが、たまらなく悔しいのだ。
共に前線に立ち、その背を守れたなら。

―――また一人、仲間の命が潰える。

「…ッ!当たれ…ッ!!」

掛け声と共に放った銃弾が、連なる炸裂音を響かせながら仲間と鍔迫り合いを繰り広げる天人の頬をかすめる。
動く的を狙うのは、相当に神経を使う。仲間に当たらぬよう、敵に致命傷を与えるよう、祈るように狙いを定めて。

「………お願いだから、これ以上」

続けざまの一撃が、天人の腹に当たる。よろけた所を銀時が袈裟懸けに斬り、その背を守るように戦っていた高杉が首を絶ってとどめを刺した。

「私に、後悔させないでよ…!!」

佳乃の放った弾が、高杉の真横から斬り掛かろうとした天人の頭に直撃する。ばたりと倒れたその体に、佳乃は短く息を吐いた。誰しもに連続での射撃の疲労が見え始めていた。白い呼気がふわふわと立ち上る。
斃れた仲間の屍が、虚ろな瞳でこちらを見ている。その瞳が、お前たちが間に合いさえすれば、と自分の事を責めているような気がして、佳乃は思わず顔を背けた。

「くそッ、このままでは…!」

「坂本さん、限界です!このままでは、突破されます!」

「装填を急げ!敵が突っ込んでくる、斉射用意!!」

その時、佳乃の視界に入ったのは、苦戦する銀時の姿だった。
断続的に飛んでくる弾丸を厄介だと判断したのか、列を成してこちらへ突っ込んでこようとする天人達を、必死に食い止めようと汚れた羽織を靡かせながら刀を走らせている。
視線を左右に動かせば、方々でこちらへ向かってくる敵を食い止める為に、高杉や桜が戦っていた。

(この戦線を、私たちを、守る為に)

―――ああ。

(それなのに、私は、歯噛みすることしかできないのか)

「装填、全員完了しました!!」

手元の銃を握り締め、強く前を睨みつける。

「構えろ!!」

怒鳴るような掛け声の後、坂本が傍らの大筒の導火線に火を付けた。

(―――アレを使う気か!)

佳乃は片目を閉じると引き金に指を掛け、まっすぐ前を狙った。
あの大筒に装填されているのは、閃光弾を兼ねた霰弾だ。直撃した所で対した攻撃力は期待できない代物だが、炸裂させれば閃光で敵の意表を突く事ができ、さらに頭上から降り注ぐ轟音と鉛玉の雨で敵の陣形を乱す事ができる。
坂本は霰弾を放った後の一斉掃射で、こちらに引きつけた敵を一掃するつもりなのだ。

坂本が懐から出した短筒を、空に向かって放つ。次いで、鼓膜をひっかくような不愉快な音が脳へと響いた。銃を構えて射撃のタイミングを待つ以上耳を塞ぐ事はできない。佳乃は歯を食いしばってそれに耐える。
あの音響弾は、合図だ。
前線で戦っていた志士達が、素早く身を翻してこちら側へと退避する。

次の瞬間、大筒が火を噴いた。

眩い閃光、そして轟音。鉛玉の雨が天人の頭上に降り注ぐ。
志士達が咄嗟に地面に身を伏せたその瞬間を、見逃さない。

「斉射!!―――撃て!!」

佳乃は閃光に備える為に閉じていた片目を開き、引き金を引いた。
何十と重なった音が天人達の脚を、胴を、頭を貫いて、赤黒い地面に屍の線を引いていく。

「体制を、整える暇を与えるな!!」

既に、こちらの陣は総崩れだ。天人に畳み掛けるなら、今しかない。
起き上がった銀時達が、怯む天人達に追撃を仕掛ける。
坂本は、素早く斉射を終えた仲間たちに視線を走らせた。―――佳乃と、目が合う。

弾丸は、残り僅か。今しがたの一斉掃射を以てしても、敵の数は減った気配を見せない。
こうなれば、自分たちに出来ることは、ただ一つ。

「―――総員、着剣じゃ」

坂本が白い息を吐き出しながら、前を睨みつけた。
采配を刀に持ち替え、すうっと天人の群れを指す。
佳乃は携えていた、ナイフのような細く小さな剣を銃口に取り付けた。
冷え切った指先で、銃床を強く握る。






「――――――突撃!!」






刃を構え、走り出しながら、佳乃は―――叫んだ。










肉を突き刺す、鈍い感触。
引き抜けば、粘ついた音と共に赤黒い血が飛び散る。
脂がまいた小さな刃は、三人目の鎧の紐と肩の肉を削ぐ頃にはとっくに切れ味を失っていた。

突き刺して、抉る。
ぶっすりと鳩尾に刺した刃を力任せにひねってやれば、天人は断末魔を上げて倒れた。
鎧がない部分で狙いやすいのは関節か喉だが、この混乱の中では相手の急所を狙っている暇などない。手当たり次第に刃を振り回して、とにかく敵を殺す。それが今の佳乃にできる最大限の事だ。

己の首めがけて振り下ろされた斧を転がりながら避け、お返しとばかりに足の腱を削いでやる。
体制さえ崩してしまえばあとはこっちのものだ。首に突き刺した刃を引き抜けば、噴水のように噴出した血が頬に飛んだ。
目に入ってはやっかいなので手の甲でそれらを拭いながら、今自分の顔は返り血に塗れて大変なことになっているだろうと思う。

一瞬でも気を抜けば、この飛沫を上げるのは自分だ。

隣り合わせの死の恐怖。そして、もう命を奪うことに何の感慨も抱かなくなった自分への嫌悪。
どんなに残酷な殺し方をしても、足元に転がる死体の顔を踏みつけても、最早なんとも思わなくなった。

「…っ、ふ…」

屍の山を踏み、足場にし、盾として使い、そしてまた新たな屍を生む。

突き出した剣が、薄気味悪い色の肌をした天人の目を突き刺し、その脳を抉った。引き抜きざま、止めとして喉を突けば、その体は生暖かい肉塊へと姿を変える。

「…ふふ、…っ」

不意に、佳乃の口元が、歪んだ。
泣いているような、笑っているような、そんな表情だった。


こんなものか。
こんなものに、私は殺されかけたのか。
大切なものを奪われかけたのか。

こんなものを―――今までずっと、恐れてきたというのか。




「ふふ…、…はははっ…!」




―――殺してやる。みんなみんな、私の大切なものを奪おうとするもの。




佳乃は血に酔い、冷静さを失っていた。
熱に浮かされたかのように、時折笑い声すら上げながら、手当たり次第に天人を屠る。

(私は強い。私は負けない。私の居場所を奪おうとするものは許さない)

鮮血が飛び散る。
佳乃はぎらつく瞳で獲物を見つめ、そして立ちはだかるものは迷いなく殺した。

(こいつらみんな、みんな、殺してやる!!)

次の獲物を求めて、佳乃は振り返る。

その瞬間、佳乃はひゅっと息を飲んだ。全身から一気に血の気が引き、佳乃の身体は冷水をぶちまけられたかのように一気に冷たくなる。
視線の先で、戦う銀時の後ろから、天人が斬りかかったのだ。

息も切れ切れの銀時は、咄嗟の事に反応する事が出来ない。

「―――ッ!!」



『いざという時は、仲間を見捨てる覚悟を決めろ』

さもなければ、死ぬのは自分だ、と。

桜の言葉が脳裏を過ぎったが、佳乃はそれでも、自分の行動を止められなかった。



(―――――駄目!!)



考えるより先に、佳乃は銃身についていた剣を投げ捨て、天人に向かって銃弾を放っていた。
しかし、佳乃の近くに居た天人は、今の攻撃によって生まれた佳乃自身の隙を見逃さなかった。

振り下ろされる刃。咄嗟に身をよじるが、刃先がかする。
冷たい痛み。
鎖骨から胸元にかけて、朱線が走る。
佳乃は歯を食いしばった。

―――浅い、耐えられない傷じゃない。

「あああああああああああああああ!!」

叫び声を上げながら、佳乃は突進する。佳乃が放った銃弾は銀時を狙った天人の肩を貫いた。よろめいたその隙を、逃すわけにはいかない。
横から突き出された刃を首を仰け反らせながら避け、最早視線を移すことなく、横薙に思い切り振った銃床で己の胸元を撫で斬った敵を殴り飛ばした。
手のひらに伝わってきた頭蓋骨が砕かれる感触すら気にもとめず、佳乃は銀時のもとへ走る。
銃身を掴む手は、強く握りしめているせいか血の気がぬけて真っ白だ。





「―――死ね!!!!」





佳乃は迷いなく、銀時を狙おうとした天人の頭に血の滴る銃床を叩きつけた。







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