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「中列、後方へ回れ!押されてるぞ!!」

「怯むな、押せェェ!!」

勇ましい雄叫びと、断末魔の悲鳴。怒号と土埃、そして血飛沫の飛び交う戦場の中。
鉛色の空の下で、すっかりと手に馴染んだ銃を構えながら、佳乃は背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。

「―――狙え!」

傍らに立つ坂本が采配を振り、等間隔に並んだ志士たちに号令をかける。即座に反応した志士逹と同様に、佳乃は銃の撃鉄を起こし、横目で坂本の顔を伺った。その顔からは普段の笑顔が消え、鬼気迫る表情で戦場を睨みつけている。
佳乃は小さく深呼吸をし、息を整えると、視線を再び戦場の中心へと向け直した。
動く的。視線の先には今まさに仲間に斬り掛らんとする天人が居る。佳乃は引き金に指を当てながら、じっと狙いを定めた。

(焦るな、落ち着け。訓練通りにはいかない、それでも)

佳乃にとっての初陣。先程から、緊張で小刻みに手が震えるのを止められない。
しかし、それも仕方のないことだった。なにせ、的は腐った木の板などではなく、正真正銘の動く敵だ。
当然、その近くでは仲間の志士逹―――先陣を務めた鬼兵隊のメンバーを主力とした志士達が忙しなく立ち回りながら天人と戦っている。

もし、的を外して彼らが流れ弾に当たりでもしたら。

(…くそ、震えがとまらない)

引き金を引く指には、仲間の命が掛かっている。
ふと脳裏にちらついた桜や高杉、坂本逹の顔が、佳乃の震えをいっそう強くした。
撃たなければ。一人でも多くの敵を屠らなければ。こうしている間にも、仲間逹は死んでいく。桜が、高杉が、坂本が、桂が、銀時が。

佳乃の手に、ぐっと力が篭った。

(―――そんなことは、させない!!)

遠く離れた場所で、天人が刀を振り上げている。―――仲間はそれに、気づいていない!

狙え。撃て。殺せ!
―――戦え!!

強くなるのだと、彼らを守ると、そう決めたのならば!!


「―――射掛けよ!!」


坂本の号令が耳朶を叩いたその瞬間、佳乃の震えが、止まった。









佳乃が坂本の指導のもと、銃の稽古を始めて暫く経ち、山は本格的な冬を迎えていた。
冷え込みの厳しくなる中、日課となった早朝の角馬撃ちをしていた佳乃逹の下に、北方にて天人に動きありとの知らせが舞い込んできて早一週間。

今や桜との三本勝負に一本は取る程までに成長した佳乃は、この日初めて、戦への参加を言い渡された。

坂本の率いる部隊と共に、後方支援として前線で戦う桜や高杉達を支援する。それが高杉の隊の精鋭二十名のうちの一人として数えられ、後方支援を担当する銃撃部隊の一員として戦うことを要請された、佳乃の役目である。

「―――不安か?」

佳乃と共に戦で使用する弾薬や火薬の用意をしていた桜が、佳乃の顔を覗き込む。
よほど強ばった表情をしてしまっていたのだろうか。佳乃はハトロンを作る手を止め、俯きがちに睫毛を伏せた。

「私…強くなれたかな。みんなのこと…桜のこと、ちゃんと守れるかな」

不安感を少しでも紛らわせる為に握り締めた指先は、しもやけとあかぎれに赤くなっており、そしてところどころに銃の訓練時に負った火傷の後が残っている。
肉刺だらけで、傷だらけの掌。この短期間に、佳乃が死に物狂いで強くなろうとした証が、そこにはあった。
高杉や坂本、そして桂から、今回の戦への参加の件を聞かされた時、佳乃の内心にあったのは、桜と共に同じ戦場に立ち、彼らを守る事ができるという喜びと、たった数ヶ月訓練を積んだだけの小娘が一体どこまでやれるのかという不安だった。

佳乃は決して弱くない。

剣を持つようになってから、まだ数ヶ月程しか経っていないが、それでも、実戦においては武士として、侍として、長く剣に触れてきた志士逹に引けをとらない自信が、佳乃にはあった。

佳乃自身、その根拠のない自信がどこから来るのか不思議だとは思う。

桜が目の前で傷つくところを見て、彼らを守れるほど強くなりたいと心の底から願ったとき。
この無慈悲な世界で、それでも生き抜く為に戦う覚悟を決めたとき。

その時佳乃は、現代で生きていた時の、普通の中学生だった頃の自分に―――別れを告げた。

弱音を吐きそうになる自分を押し込め、甘えを捨てた。

強くなるために、死に物狂いで己を叩き上げた。

あの時から、佳乃は以前の自分からは考えられないような、限界を超えた力を使えるようになった。
自分でも驚く程に筋力と運動精度が上がり、体力も格段に増した。

(私は、負けない)

佳乃は、強くなった。
精神的にも、体力的にも。

(だけど―――)

そっと、握り締めた手に、桜の指先が触れた。

「佳乃、お前はもう十分に強い。けどな、これだけは覚えておけ」

顔を上げれば、視線が交錯する。いつも穏やかな桜の瞳が、すこし悲しげな光を湛えて、佳乃を見つめていた。
桜の指が触れている場所が、じわり、と熱を帯びる。

「どんなに強くても、守りたいものを守りきれるとは限らない」

桜の言葉に思わず、息が詰まった。
きっと彼自身、これまでに幾人もの仲間を戦争で喪ってきたのだろう。
家族を奪われた、無力だった時とは違う今でも、守りたい命は指の間をすり抜けるようにして消えていく。
ここに居る人間たちは皆―――それを重々承知の上で、戦っているのだ。

「…それでも、私は…」

桜を、皆を、守りたい。

「…あまり、気負うなよ」



いざという時は、仲間を見捨てる覚悟を決めろ。




―――その重い覚悟を背負わせるにはあまりにも細すぎる肩を見つめながら、桜は静かに、そう言った。







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