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坂本達の一行がこの廃寺に迎え入れられてから、いったいどれだけの時間が過ぎただろうか。
実りの秋も終わりを迎えて、落ち葉が枯れ葉に変わりつつある今日この頃。
未だ先の戦の影響が出ているのか、昨今はどこも大きな戦の気配はなりを潜めていて、比較的穏やかな時間が流れる日々―――。
段々と冷え込み始めた初冬の朝、佳乃は硝煙のにおいが立ち込める角場で、鬼兵隊から抜き出された精鋭二十名が代わる代わる角場撃ちをしているさまを眺めながら、坂本から銃の手ほどきを受けている真っ最中だった。

「―――ほいで、これが弾じゃ。使うときは、こうやって紙を竹筒に巻いて、円筒型にし、底をひねる。あとはこの紙の中に弾丸と火薬を入れて、上をひねるんじゃ。これが薬筒(ハトロン)ちゅうもんで、これを銃に込めて、撃つ」

佳乃に説明をしながらも、坂本は手際よく弾丸と火薬を紙の筒に詰め、七発分のハトロンを素早く作り上げた。ちなみに、使用されている紙はこの廃寺に打ち捨てられていた経典をちぎったもので、佳乃は坂本がなんの躊躇いもなく古びた経典を引き裂く様を見た時は、思わず顔を引きつらせた。佳乃自身は特に仏教徒というわけでも、信じている宗教があるわけでもないが、それでも、こういった宗教関連のものをこうしてなんの戸惑いもなく破り捨てるのには、やはり抵抗がある。

(バチあたりそう…)

普段は神など信じておらずとも、こう思ってしまうのは人の性か。
坂本はそんな佳乃の様子などお構いなしに、作り上げたハトロンを愛銃のスペンサー銃に詰め、七発分の弾を装填し終えると、そのままその銃を佳乃へと手渡した。
大部分を木と鉄で形作られたその銃は、刀とはまた違った重みを持ち、銃身を支えるように受け取れば、ずっしりとした重さが佳乃の腕へと負荷をかける。構えの訓練と取り回しの訓練は、これまでに何度か坂本の指導の元で行われた。角場撃ちは今日が始めての事だが、果たして己の筋肉が反動に耐えきれるか否か。

「撃ち方は、教えた通りじゃ。やってみるぜよ」

佳乃は坂本から叩き込まれた通りの手順で撃鉄を起こし、レバーを上下に操作した。がしゃん、という音と同時に、銃床内の弾倉から薬室に弾が装填される。
あとは引き金を引くだけだ。佳乃は銃を持ち上げ、脇をしっかりとしめて銃身がぶれないように固定した。遠くに見える的の黒点をじっと見据え、無意識のうちに左目を閉じて焦点を合わせる。
数瞬の視界のゆらぎ。やがて黒点が、はっきりと目に映った。
佳乃はぴたりと動きを止め、引き金にかけた指をしっかりと食い込ませた。

「撃て!」

坂本の号令に、反射的に佳乃の体が動いた。体が動かないようにしっかりと地面を踏みしめ、引き金を引く。―――そこからは、刹那の出来事だ。
落ちた撃鉄が撃針を震わせながら弾の底部の雷管を叩き、着火されたハトロンが爆発して銃口から弾丸が飛び出した。響き渡る発砲音は、あまりにも身近で鳴ったせいだろうか、衝撃に近いそれが、佳乃の耳朶ではなく鳩尾を思い切り叩く。佳乃は反動で腕を僅かに跳ね上げながら、ズンとした衝撃で揺れた体に大きく息をついた。―――手がビリビリと痺れる。
先程まで、鈍く冷たかった銃身がじんわりとした熱を持つ。目を凝らして見れば、佳乃が放った弾丸は、点の外側、的の外枠を撃ち抜いていた。
銃口から僅かに立ち上る煙の硝煙のにおいが鼻をつく。まさか黒点には当たらないだろうと思ってはいたが、とりあえず、弾丸はきちんと的に当たってくれたようだ。

些かの高揚感と、興奮。身体の芯に響いた衝撃に、胸が高鳴る。佳乃は気分を落ち着かせるように、胸に手を当て、小さく深呼吸をした。

「―――次!」

坂本の掛け声に、佳乃は再び銃を構える。
スペンサー銃は一度に七発分の弾丸を弾倉に装填できる。つまり、連続での射撃が可能なのだ。それに比べて、世に出まわるゲーベル銃などのマスケット銃は一発分の弾丸しか装填できず、連射ができない。さらに言うなら、スペンサー銃は元込め式の銃である為に、弾丸の装填も素早く行える。さすがは坂本の愛用する最新式の銃だ。相当に値も張る代物である事も確かだが、実際に扱ってみればその性能の圧倒的な凄さが分かる。
残りは六発―――…今度こそは。

「撃て!」

佳乃は焦点を定め、引き金を引いた。―――乾いた発砲音。衝撃と反動で体が揺れる。
今度の弾は、先程よりも幾分か黒点に近い位置を打ち抜いていた。短く息が漏れる。―――坂本のように、瞬間的に狙いを定め、正確に的を射抜けるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。
そのまま坂本の号令に従い、残りの五発を続けざまに射掛ければ、いくら涼しい季節といえども額や体からは汗が吹き出してきた。重い銃を構えての連続射撃に腕の筋肉がさすがに限界を迎えたのか、五発中の四発は的を外し、外側の壁に銃痕を残している。
佳乃はきな臭いにおいの漂う銃を降ろし、傍の岩に立てかけ、しびれた手を握りそしてまた開いた。

「―――…なかなか、難しいですね。三発だけでも、的に当てるのが精一杯です」

米神に浮いた汗をぬぐい、ふと、坂本の方を振り向けば、彼はにかっとした笑みを浮かべて佳乃の髪をぐしゃぐしゃと乱した。

「―――初めてで三発も的に入れば大したもんじゃ。おんしゃ、筋がええの。こりゃ、教えがいがあるぜよ」

坂本は「ま、わしの隊の連中と同じくらいの腕になるには、まだまだ時間がかかりそうじゃがのう」とつぶやき、快活な笑い声をひとしきり上げると、佳乃に「刀もコイツも、練習あるのみじゃ」と軽く頭をポンポンと叩き、用意してあった弾丸が詰められた箱をその手に握らせた。

「撃ち方もコツも、教えたとおり、あとは慣れと経験じゃあ。とにかく撃って撃って撃ちまくって、感覚を掴むぜよ」

佳乃は頷くと、慣れない手つきで弾丸を詰め直し、再び的へ向かって銃を構え直した。
坂本の言うとおりだ。上達するには、練習あるのみ。

(―――私は、強くなる)

誰よりも。何よりも。



(こんな現実(せかい)に―――負けやしない)




銃声が、響き渡った。







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