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佳乃は高杉の容赦ない一閃に例のごとく吹っ飛ばされ、本堂の床に背中を強かに打ち付けた。
衝撃に息がつまり、噎せ込みそうになるのを必死にこらえて、佳乃はそのまま床を転がり、高杉の追撃から辛くも逃れる。

「遅い!!」

鋭く飛んだ叱咤に、佳乃はとっさに木刀を突き出し、繰り出された一撃を木刀の表面で撫でるようにいなし、弾き飛ばした。
力押しになれば、腕力に乏しい佳乃は数秒と立たないうちに潰される。そうならない為には、一撃一撃の攻撃を受け止めるのではなく、かわし、いなし、受け流すしかない―――。幾度となく繰り返してきた高杉との仕合の最中で、佳乃はそう学んでいた。
間髪入れずに飛んできたもう一撃を屈むことによって避け、そのまま前転するように高杉の脇を転がった佳乃は、振り向きざまに高杉に横薙の一閃を放った。―――相手は防御の体制を取ろうとする、しかし間に合わない―――。
木刀が高杉の脇腹を勢いよく叩く。

(―――仕留めた!)

握り締めた木刀から伝わってきた鈍い感触に思わず眉を顰める。―――しかし、浅い!!
攻撃が当たった直後、緩んだ気の一瞬を高杉は見逃さなかった。佳乃は顎の下から突き上げるような衝撃を受け、思い切り首を仰け反らせた。
骨が砕ける寸前、ギリギリの力加減。

(ッ油断し、…!!)

刹那的に視界が真っ暗に染まり、失神しかけるも、佳乃はなんとか踏みとどまった。ぐらぐらと揺れる視界の中では、高杉によって振り下ろされた木刀のとどめの一撃が、まるでスローモーションのように眼前に迫ってくる。
―――今度こそ、直撃は避けられない。

(―――斬られる!!)


「高杉、やめえ!!」


佳乃が打たれる事を覚悟し、振り下ろされる刃を睨みつけたその瞬間だった。背後から飛んできた鋭い静止の声が静まり返っていた本堂に響き、佳乃の額の寸前まで迫っていた木刀がぴたりと動きを止めた。
思わず目を見開けば、とどめの一撃を放とうとした姿勢のまま動きを止めた高杉が、佳乃の後方を興ざめしたかのような目で睨んでいる。
佳乃は眼前の木刀をまじまじと見つめ、二重にも三重にも見えるそれを前にして、遅ればせながら背筋を凍らせた。これが木刀であればこそ、仮に振り切られた所で(運が良ければの話ではあるが)強かに頭を打ち付けられたんこぶをこしらえる程度の怪我で済んでいただろうが、これがもしも真剣だったならば、今頃は脳天から喉笛までを割かれて、赤黒い血を撒き散らしながら死んでいるに違いない。
佳乃は唇を噛み締めた。高杉が構えている得物が木刀でなければ、今日だけで既に三回以上は死んでいる事になる。

「いくらなんでも、やりすぎぜよ。嫁入り前の女子の顔に、傷でも残ったらどーするつもりじゃ」

坂本は呆れたような表情を浮かべながら静止する高杉の元まで歩み寄り、佳乃に向かって振り下ろされた木刀を掴んで押しのけた。
脅威が去ったとたん、張り詰めた緊張感から解放されて佳乃は思わず吐息を漏らす。高杉はそんな佳乃の頭を撫でくり回す坂本を眺め、やがて不満そうな顔を浮かべながらフンと鼻を鳴らした。

「しっかし、おまんもなかなか気骨のある女子ぜよ!こげん恐ろしか顔した男と対峙して、ぶっ飛ばされても怯まんとは。気に入った!!」

佳乃の髪をぐしゃぐしゃとかき回した坂本は、機嫌の悪さを見せつけるように眉間に皺を刻んだ高杉に向かってにんまりと笑いかけた。
視線が交錯しあい、刹那、佳乃の頭にぽん、と坂本の手が置かれる。


「決めたぜよ。佳乃、おんしゃ、しばらくウチで銃の訓練ば受けてもらうきに」


「え…、それって」

目を瞬かせる佳乃に、坂本はにかっと笑った。



「おまんが二十人目じゃ!高杉、約束通り、佳乃はしばらくわしの部下として預からせてもらうぜよ」



高杉が最新式の銃を手配してもらう為に、坂本と交わした約定。二十丁の銃と引き換えに、人材を求める坂本が要求した精鋭二十名。
そのうちの一人として、自身が選ばれた―――。

佳乃はぽかんとした表情を浮かべ、高杉の方を見た。日頃の剣の稽古を高杉に師事する佳乃は、戦力としては数えられていないものの、高杉の率いる部隊である鬼兵隊の一員として数えられている。
しかし、未だ実戦経験すら無い、剣の腕も未熟なままの己が、このまま高杉のもとを離れて、坂本に師事しても良いのだろうか。
すると高杉はそんな佳乃の視線に気づいたのか、佳乃の方を見据えて舌打ちを一つした。

「一時、預けるだけだ。剣の修行は続ける。テメーは坂本にくっついて、銃の取り回しの一つでも覚えてこい。ただし、銃にかまけ過ぎて剣の腕、鈍らせたりしたらタダじゃ置かねェからな。…オイ坂本、時期がきたら返してもらうからな。コイツは俺の弟子だ」

「なんじゃ、意外と嫉妬深いやつじゃのう。娘を取られたくない父親か」

「俺ァこんなでかいガキこさえた覚えはねェよ」

顔を顰めた高杉に、佳乃は思わず笑みを零した。
正直なところ、坂本の模擬演習で銃の威力をまざまざと見せつけられて以来、ずっと気になってはいたのだ。まさかこんな形で、銃を学ぶ機会が回ってくるとは。それも、プロの中のプロである坂本の指導のもと、最新式の銃を使っての稽古だ。
これは思わぬ僥倖である。
期待に胸を膨らませる佳乃に、坂本は「明日から早速、稽古を始めるぜよ」と声をかける。

「私で、いいんですか?他にもっと、銃の扱いに詳しい人は居るでしょうに」

「ええんじゃ。わしゃ、おまんが気に入った。わしの技術、教えるなら、おまんのような気骨のあるもんがええ」

褒められて、慣れない佳乃は思わず耳を赤くした。

「…精一杯、頑張ります。よろしくお願いします」

頭を下げた佳乃に、坂本は「わしゃ高杉に負けんくらい厳しいぜよ。覚悟しとくきに」と不敵な笑みを浮かべる。

佳乃にとって、二人目の師が誕生した瞬間であった。







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