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太陽が少しずつ西の空に傾き始めた午後、いつもであれば本堂で高杉と剣の稽古に打ち込んでいるその時間に、佳乃は人数分の湯飲みと大きめの急須が載った盆を抱えて、本堂までの廊下を静かに歩いていた。

(いよいよか―――)

前々から桂が共闘を持ちかけていた攘夷志士の一派が、先日の天人との大規模な戦闘を経て、とうとうこちらの勢力と手を組むことを決めたらしい―――。桜からそう聞かされてから三日、今日はその一派の頭が、同盟を組むための先駆けとして、この廃寺に訪れていた。

ここのところ続いた戦で天人との火力差を痛感していた桂は、なんとかその差を埋めるために、こうした一派と手を組んで戦力の増強を計ろうと日々、画策していた。
そんな所に飛び込んできたのが、この一派の情報だ―――。
桜からの話を聞くに、その一派は銃や火薬を扱うことに長けた者が多く所属しているらしく、とくに銃に関しては、大量の銃を携えた大部隊を持つ長州藩にも引けを取らない程の腕前を誇る精鋭揃いの一派らしい。
しかしそんな精鋭揃いの一派も、先日の戦で被った痛手はかなり大きかったようで、今はかつての3分の2までに規模が縮小しているとの事だ。このままの戦力ではまともな攘夷活動に参加するのは難しいと―――こうして同盟を組むまでに話が進むに至った訳だ。

しんとした廊下に、かちゃかちゃという湯飲みがぶつかる音がいやに大きな音となって響く。普段なら稽古に励む男達のかけ声で満ちている本堂は今、前述の同盟の為の話し合いの場となっている為、寺の中はすっかり静まりかえっていた。
佳乃は盆に乗った湯飲みを落とさぬよう、細心の注意を払いながら廊下を歩く。本堂はもう目の前だ。
扉の前に辿り着いた佳乃は、立ち止まって膝を床につき、静かに盆を床の上に置いた。

扉の向こうからは人の話し声が聞こえてくる。恐らく今は、話し合いの真っ最中なのだろう。

佳乃は大きく深呼吸をすると、扉をそっと二、三度手の甲で叩いた。
コン、と乾いた木の音が響き、部屋の中の話し声がふっつりと止む。それを確認して、佳乃は扉の向こうへと恐る恐る声を掛けた。

「…佳乃です。お茶をお持ちしました」

間髪入れずに、「入れ」と返事が返ってきた。佳乃がすっと扉を開くと、本堂では桂を筆頭とした見知った顔の男達と、まったく見知らぬ顔の男達が向かい合わせに座っていて、それぞれの視線が戸を開けた佳乃へと一斉に集中する。

(うわ…視線が痛い…!!)

佳乃は内心で顔を引きつらせつつも、その視線に気付かないふりをしながら盆を持ち上げ、静かに立ち上がった。
向けられる視線の半分は、何故こんな所に子供、それも女が居るのかという疑問の混じったもので、その視線には隠しようもない好奇が見て取れる。十数人もの(それも厳めしい顔をした者の多い)男達から一度にそんな視線を向けられれば、流石に逃げ出したいような衝動に駆られたが、これから先も桂達がこうして他の派閥と同盟を組む事もあると考えれば、こんな事でいちいち怖じ気づいてはいられない。
佳乃はなんとか平静を装うと、まずは桂と向かい合うようにして座っている面々の前に茶を注いだ湯飲みを渡してゆき、それが終わると今度は桂の側にも茶の入った湯飲みを置いて回った。

「見かけん顔じゃな。新顔か?」

聞き慣れない訛り―――…茶色の癖っ毛。銀時とは似て非なる天然パーマ。佳乃がその場に居た全員に茶を配り終えたその時、声を掛けられた事に驚き、振り向いて、まず目に入ったのはそれだった。目立つ頭以外は、いかにも好青年といった顔立ちをしたその青年が、湯気の立つ茶が注がれた湯飲みを片手で持ちながら、いきなり呼び止められた事に驚いた様子の佳乃に向かってにんまりと笑みを浮かべる。
年の頃は桂や銀時と同じくらいだろうか。桂と対面するような位置にあぐらをかいて座している所を見るに、恐らく彼がこの一派を率いる旗頭なのだろう。
そのもじゃもじゃ頭と先程の独特の訛った口調を思い出して、佳乃の頭にフッとある人物の名前が浮かぶ。

(まさか…)

「ああ。少しばかり事情があってな、少し前からこちらで面倒を見ている」

佳乃が返事を返す前に、桂が口を開いた。
思わず桂の方を向けば、佳乃の方に顔を向けた桂が『名を名乗れ』と言わんばかりの視線を向けてくる。

「…佳乃、と申します」

慌てて手に持っていた盆を畳の上に置くと、佳乃は青年の方へ向かって頭を下げた。

「佳乃か。ええ名じゃの。おまん、年はいくつぜよ?」

「十三です」

「十三か!しっかりしとるのー!わしとは大違いぜよ!アッハッハッハッハ」

快活な笑い声。それにこの訛り…この笑い方は、間違いない。
佳乃は確信を持って顔を上げた。曖昧な記憶の中にある男の顔が、視線の先の青年のものと重なった。



「わしゃ坂本辰馬っちゅうもんじゃ。これから長い付き合いになるきに、どうぞよろしゅう頼むぜよ!」



グラス越しではない、強い意志を秘めた瞳が佳乃を見据える。

坂本辰馬。

かの有名な坂本龍馬をモデルとして描かれたというそのキャラクターの登場に、佳乃の中で欠けていたピースが、埋まった。







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