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すっかり肉刺だらけになった手を空に翳して、佳乃はまぶしげに目を細めた。
晴れ渡った秋の空に乾いた風が吹き抜ける度、紅く色付いた紅葉や黄金色の銀杏が舞い上がり、佳乃の髪を空へと揺らす。佳乃は竹箒の柄を片手で握ったまま、翳した手を下ろし、乱れた髪を押さえた。

高杉による剣の指南が始まって、しばらく経つ。
彼の修行は、彼が最初に「覚悟しておけ」と宣言した通り厳しいもので、佳乃は寺での仕事をこなす一方で、高杉に剣術を基礎から叩き込まれていた。
掌にいくつも連なった肉刺を見つめる度、佳乃は不思議な感覚に襲われる。

(変なの)

数ヶ月前まで、自分は普通の中学生だった。
それが、今は幕末に近い時代の片田舎で、宇宙人相手の戦争をする為に剣の修行をしている。

(本当、人生って分からない)

やわらかな風が吹き、さわさわと木々が揺れ、千切れた雲間から穏やかな日差しが差し込んでくる。
空を見上げ、秋空にゆったりと流れる細い雲を眺めていると、今この国が内乱の真っ最中だという事など忘れてしまいそうだ。

目を細めたその時、ふと、誰かの気配を感じて、佳乃はぴくりと眉を動かした。

「おーおー、随分集めたな。焼き芋でも焼く気か?」

ざり、という石畳を踏む音に振り返ると、そこには白髪の男が立っていた。佳乃は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその表情を柔らかなものへと変える。

「坂田さん」

銀時は片手を上げて佳乃に返事をすると、そのままその手でぽりぽりと頭を掻きながら佳乃に歩み寄る。
「ついてるぞ」彼はそう言うと、佳乃の肩に張り付いていた落ち葉をそっと取り払った。

「つーか、その呼び方どうにかならねぇ?なんかこう…こそばゆいんだけども」

その言葉に、佳乃は一つ苦笑をして、竹箒を抱きしめる。「名字で呼ばれるのは、嫌ですか?」問いかければ、銀時は唇を尖らせて「なんっか他人行儀なんだよなぁ」とぼやいた。「それに」

「あんま、名字で呼ばれるのは慣れてねェんだ」

そういえば、坂田銀時は元々孤児という設定だったか。
遠い昔に読んだ漫画の記憶をふと思い出して、佳乃は納得のいった顔をした。
孤児であれば、名字は後から元服した時にでも与えられたのだろう。実際、幼少時を共に過ごしたという桂や高杉は、互いの事は名字で呼んでいるにもかかわらず、この人の事だけは『銀時』と呼んでいる。おそらく、幼少時には名字が無かった、そう考えるのが妥当ではないだろうか。
佳乃はちょっと考えるそぶりをすると、「じゃあ、銀時さんって呼びますね」と銀時に笑いかけた。

「それで銀時さん、どうしたんですか?私に何かご用事でも?」

ここは寺の裏庭で、滅多に人の来る場所ではない。故に、佳乃はこっそりと、この場所を一人剣の修行をする為の練習場として利用していた。今日はたまたま、落ち葉が石畳を埋め尽くしていた事に気が付いたので、こうして落ち葉の掃除をしていたわけだが、まさかそこに銀時が現れるとは思ってもみなかった。

佳乃の問いかけに、銀時は「いや、用って程じゃねーんだけども…」と口を濁した。佳乃が首を傾げれば、「…ホラ、アレ、最近色々あっただろ。大丈夫かと思ってだな…」と目を逸らす。そんな銀時の様子を見て、佳乃は思わず笑った。
どうやら、佳乃は心配されていたらしい。

「…心配しないで下さい。今は、うまくやれてると思いますから」

銀時は、何かにつけて、佳乃の事を気に掛けていてくれる。
それはおそらく、自分が佳乃をこの寺に連れてきた張本人であるという事も影響しているだろうが、なんだかんだで、彼はとても面倒見がいい人なのだ。

「…そうか。それなら、いいんだけどな」

ほっとしたように息をついた銀時に、佳乃は苦笑を浮かべた。
たまに夕餉前の厨にふらりと現れて、話し掛けがてらおかずを一品、二品つまみ食いしていくのは考え物だが、いつもこうして佳乃の事を気に掛けてくれる銀時には、感謝しても感謝しきれない。
こうして今、佳乃が修行に安心して打ち込めているのも、彼らの気遣いがあってこそなのだから。

「あの。…お芋はありませんけど、街で桜がこれ、貰ってきたんですよ」

そう言って、佳乃は竹箒を持ったまま、すっかり相棒となった木刀と一緒に置いてあった風呂敷包みに歩み寄ると、その包みをそっと持ち上げた。
硬質な感触。中身は、殻斗を取り除かれた山栗である。佳乃は風呂敷包みを開き、落ち葉を指さしながら笑顔を浮かべた。

「おやつに焼き栗なんてどうでしょうか」

その言葉に、銀時は「マジか!オイ、早く焼こうぜ!!」と鼻息荒く佳乃の手から竹箒を引ったくった。
怒濤の勢いで散らばっていた落ち葉を一箇所に集めると、そのまま剥き出しの地面の土を掘り起こす。

そんな銀時の姿を苦笑混じりに眺めながら、佳乃は「焼くのは半分だけですよ!残りは栗ご飯にしますから」と注意を促し、自身も栗を焼く為の火を付ける作業に取りかかった。

この平凡な平穏が、たまらなく愛おしいと感じた瞬間だった。







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