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双方に夥しい数の死傷者を出したその戦闘は、志士達の死に物狂いの奮戦の末、攘夷志士達の勝利という結果で幕を下ろした。
圧倒的な物量と戦力差の中、追いつめられた攘夷志士たちが辛くも勝利を手にすることが出来たのは、他でもない、天人への徹底抗戦を掲げる筆頭勢力である長州藩の助力のお陰だ。
攘夷志士達の苦しい戦況を聞きつけた長州藩は、地理的な条件からこの地より先への進軍を見過ごす訳にはいかないと判断し、千丁を超える銃を携えた大部隊を前線へ援軍として送り込んできたのだ。

天人の技術を転用し、量産されたという『銃』の威力は、凄まじかった。

天人は度重なる戦闘により疲弊しきった攘夷志士を軽く見ていたのだろう、ろくな装備を用意しておらず、また物量押しでろくな戦法も用意していなかった天人達は、高威力の銃火器の一斉射撃の憂き目に遭い、統率力を失って這う這うの体で逃げ去った。

―――結果、攘夷志士達は見事、攻め込んできた天人の大多数を撃退する事に成功した。激しい戦闘はもちろん攘夷志士側にも夥しい犠牲者を出したが、それは天人も同様だ。あの様子では、今後暫く残存勢力もまともに機能する事が難しいだろう。

彼らは、天人に勝ったのだ。









夏が終わり、季節は秋へと変わりつつあった。
夕餉の支度を終え、その日一日の仕事を終えた佳乃は、本堂に立てかけてあるものの中から拝借してきた、志士達が普段稽古の為に使っている木刀を構え、じっと宙を見つめていた。

(確か歩菜はこうやって…)

ぴんと背筋を伸ばし、木刀を中段の構えにして前を見据える。
木刀を拝借してからしばらくは、こうして真っ直ぐに構える事すら叶わなかった。―――腕力に乏しい佳乃では、その重さ故に、剣先がぶれるのだ。
佳乃にとって、木刀というものに触れるのはそれが初めての事だった。中学校の授業で剣道を軽くかじった事ならあるが、それらはすべて竹刀を使って行われたからだ。竹刀はもちろん、竹製である為にほとんど重量を持たない。それに対してこの木刀はそれなりの重さがあった。素振りの為に作られているのだから、それは当然であるが。

佳乃は重い木刀を危なげなく構えると、そのまま木刀を頭上へ振り上げ、ひゅっと空を切った。
流れるような動作。その型は、歩菜が部活で剣を振るう時の形をそっくりそのまま、見よう見まねで真似したものだ。
剣道をした事のない佳乃にはもちろん師事する者など居ないし、正しい型も流派も分からない。
そんな佳乃がこうしてこっそり、影に隠れて素振りをするようになったのは、先日の出来事が影響しての事だ。

―――自分のせいで、桜に怪我を負わせた。

桜の左肩から鮮血が飛び散った瞬間をふとした時に思い出しては、佳乃はうなだれた。
今回は運が良かった。だが、もし次同じような事が起こったら?その次も、怪我で済むだとは限らない。今回だって、あと一瞬桜が反応するのが遅れていたら、彼の命は無かったのだから。

木刀を振る。
流石に三十回を超える頃にはすっかり息が上がり、二の腕の筋肉がじわじわと痛み出した。

―――彼らの足手まといにならないように、強くなりたい。
…いや、それだけでは足りない。自身の身を守る程度の力では、この先を生きていくことは難しいだろう。

(私に居場所をくれた、彼らを守る為に)

生きるために、戦う力を。戦うすべを。

その一心で、佳乃は木刀を振るい続ける。

夕暮れ時の橙色の光の中、木刀が空を切る音とヒグラシの細い声が静まりかえった廃寺に響いた。







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