23

天人達は虐殺の限りを尽くすと、やがて興味が失せたように笑いながら村を去っていった。
しかし天人達が消えても、所々に放たれた炎は勢いを失うことなく、そこにあるものを全て燃やし尽くしてしまうまで消えることは無かった。陽が落ちて夜を迎えた無人の村が、倒れ伏す人々が、轟々と音を立てながら燃える炎で明るく照らされる様を眺めながら、桜は放心していた。

桜は、全てを失ったのだ。家族、友人、生まれ育った村で育んできた、これまでの桜を形作るものすべてを。
だというのに、己は見ている事しかできなかった。目の前で家族が殺されていく様を眺めながら、何も出来ずにただ震える事しかできなかった。

時間だけが過ぎていく。やがて夜が明け、朝を迎えた。人が消え、全てを燃やし尽くした炎の消えた村は、異様なまでの静けさに満ちていた。

桜はぼんやりとした光の中、ゆらりと立ち上がると、ふらふらと妹の残骸へと歩み寄った。途中に、他の村民と同じように死んだ兄達の姿も見かけた。自分以外は誰一人、助からなかった。
桜はがくりと膝をつくと、妹の亡骸を抱きしめた。無惨に屠られ、さらに炎で焼かれたその姿に、最早面影はなかった。無意識に食いしばった歯の間から、嗚咽とも呻きともつかない声が漏れた。

限界だった。眦から一筋流れた涙と共に、張りつめていた緊張の糸がぷっつりと切れたのだ。



「――――――――――ッ!!!!」



絶叫、というよりはむしろ、獣の咆哮に近い叫び。

桜は泣いた。童子に返ったかのように、妹の亡骸に縋って泣きわめいた。泣いたところでどうにもならない事は分かっている。だが、我慢ができなかった。いっそ正気を失ってしまった方が楽だと、桜は思った。

その時だった。


「オイ」


唐突にかけられた声に、桜はふっつりと嗚咽を途切れさせた。自分以外に生きている人間がいない場所で、一体誰が己を呼び止めたというのか。桜は反射的に振り返った。

黒い陣羽織に白い鉢巻を巻いた青年が、そこに立っていた。
鋭く斬れる刀を思わせる面差しに、凛とした立ち姿。そして何より、腰に携えた黒塗りの刀が、彼が一体どういう人間かを如実に語っていた。
―――侍。その姿を見たことのない桜にも、直感で分かった。男が放つ触れれば切れそうな程に研ぎ澄まされた空気に、桜はごくりと喉を鳴らす。これが、武士というものか。


「ガキ。泣いてりゃ、何かが変わるのか」


静かな声だった。ひたと己を見据える双眸は何か燃えるような闘志に満ちていて、桜は、思わず息を飲んだ。



―――それが、ただの農民の少年であった桜と、攘夷志士である高杉晋助との出会いだった。







高杉に手を差し伸べられて以来、桜は、死に物狂いで剣の修行した。心の中は常に家族を殺した天人への復讐と、自身を救ってくれた高杉への忠義に満ちていた。戦う力を手にしてからは、高杉の下で数え切れないほどたくさんの天人を殺した。
もう二度と、自分が味わった悲しみを誰かが味わうことのないよう、いつも必死に戦った。

だが、それでも守れなかったものがたくさんあった。

―――佳乃が居た村が良い例だ。

桜はそれを悔いた。どうして、守れなかったのか、と自分を責めた。それも、聞けば村が滅ぼされたのは、自分たちと関わっていたせいだと言うではないか。
桜は己と同じく、天涯孤独の身の上となった佳乃に、心底同情した。佳乃自身が死んだ妹と年が近い事もあって、その感情はより一層に強まった。桜にとって佳乃のような存在は、今度こそ失うわけにはいかない―――何よりも守るべき存在なのだ。

「俺は、佳乃、お前が"居ない方がいい"存在だなんて、一度も思った事はない」

佳乃は、その言葉にややあって、ゆっくりと顔を上げた。怯えの色を含んだ黒目が、桜の目を静かに見つめる。
彼女が何を思い、何を悩んでいるのか―――桜にはその気持ちが痛いほど分かった。何故なら彼女は、一年前の己自身だからだ。
無力で、剣の使い方さえろくに知らず、かといって周囲の志士達のように高潔な思想や学がある訳でもない―――。
高杉が周囲の反対を押し切って、無理矢理にただの農民の少年を仲間に引き入れた当時は、酷いものだった。中には高杉と桜を下卑た目で見る者さえいた。今でこそ、当時からは信じられないほどの剣の腕を身に付けた桜は高杉の掛け替えのない戦友として皆に認識されているが―――。

桜自身、謂われのない誹謗中傷を高杉が受けている姿を見るのは、我慢ならなかった。己のせいで、高杉がこれまでに鍛え上げてきた兵士の和を乱している―――もし、その僅かな不和が原因で、恩人である高杉が死ぬ事になったら?
だが、天涯孤独の身となった桜が行く当てなど、他にはなかった。もしその場から放り出されていれば、このご時世、無力な農民の少年がこの過酷な時代を生きていくことはかなり難しい。その葛藤が、今の佳乃にもあるのだろう。まして、佳乃は己と違い、女だ。男の桜でさえそうだったのだから、彼女の風当たりの強さは恐らく並のものではない。

だから、桜は我武者羅に強くなった。自分自身の為に、そして高杉の為に、己の腕を示すことで、他の不満をねじ伏せたのだ。


「お前も、俺も、これまでの全部を失った。でも今、こうして生きてる。…俺も、お前も。―――だから、迷うな。…な?悩んだり、しなくていいんだ。もうあんな目に遭わせたりしない。今度は、ちゃんと守るから。必ず守るから」


己と同じ境遇を背負った佳乃が、己よりもずっと非力で、か弱い存在である彼女がもう二度と、自分の生に迷いを持つことがないように。

桜がそっと佳乃の手を握ると、佳乃は縋るような目で己の手を握る桜の手を見つめた。
その瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。







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