22

一年前、桜が生まれ育った村は、天人達によって悉く焼き払われた。いや、焼き払われた、というのは、些か優しい表現だ。あれは虐殺だった。男も女も、老いも若きも関係なく、徹底的に、慈悲もなく―――。
彼らが住まうその場所が、天人達が侍達を駆逐する為に進む進路上に存在した、ただそれだけの理由で、桜が生まれた村は、地図上から消え失せた。
ただ一人、桜を残して。







桜があの虐殺から生き残ったのは、偏に運が良かったからとしか言いようがない。
あの時、桜は村から少し離れた場所にある山で、自生している木に生るアケビの実を採っていた。夏が終わり、いくらか過ごしやすくなったこの季節は、山は豊富な山の幸で溢れかえっている。特にこういった果物は、桜の妹の大好物だ。妹は身体がそんなに強くない。どちらかといえば病がちで、この所は涼しくなってきた影響か体調を崩し気味だ。桜はそんな妹の為に、籠いっぱいに妹の好物を詰め込んだ。甘いものを食べれば、妹もいくらか元気になるだろう。

―――異変に気が付いたのは、山を下り、村へと続く道に出た時だった。

村の方向から吹いてくる風が、どうもきなくさい。
桜は、嫌な予感がした。まさか。
―――天人。巷を騒がせる異星人の存在は、桜の居る村―――大きな街からはうんと離れた田舎まで、十分すぎる程に知れ渡っていた。
そう、この日本というちっぽけな国は今、侍と天人が―――人間と宇宙の化け物が、戦争をしているのだ。
特に桜の生国は、つい最近に、天人達―――ひいては、幕府そのものに全面的な戦争を宣言した。その影響で、攻め込んできた天人達の手によって幾つもの村や集落が滅ぼされたという話は、最早珍しい話でもなんでもなかった。

桜は籠の中身がこぼれ落ちるのも構わず、全力で村へと走った。しかし、不意に足を止めた。村からは黒い煙が幾筋も登り、天を焦がしていた。どこかから悲鳴が聞こえる。

行ってはいけない。この先には天人が居て、きっと今、村の皆は皆殺しにされているのだろう。

桜は漂ってくる焦げ臭い匂いと血の臭い、そして人の焼ける臭いに―――足を進ませる事ができなくなった。恐ろしさで、身体が震える。
不意に、妹の顔が頭を過ぎった。そうだ、妹は今、家で寝ていた筈だ。母が、その世話をしていて、父はこの時間、畑仕事を終えて家に戻っている。―――桜は次の瞬間には走り出していた。行って何かができる訳ではない。そんな事は分かっている。しかし、走り出さずにはいられなかった。
天人に見つかる事のないよう、近くの藪を通り回り道をして、家の裏手へと続く暗闇の中を一気に走り抜ける。籠はいつの間にか手元から消えていて、恐らくは走り出す瞬間に自分が放り投げたのだろうと桜はなんとなく思った。

そして、桜はその両目ですべてを見た。藪の中に身を潜めながら、言葉にすることのできない緊張と恐怖の中で歯を鳴らしながら、それでもただ、すべてを見つめていた。

その光景は、まさしく地獄だった。

遠くで異形の姿をした化け物に胴を寸断された男が居た。仰向けに転がり泡を吹いた子供が開いたままの目で虚空を見つめていた。裸で袈裟懸けに斬りかかられたのであろう傷を晒して突っ伏す女がいて、その側に首が無い老爺の死体があった。―――首は道端に転がっていて、顔は相当に踏まれたのか、元が誰であるか分からない程に変形していた。

桜の家は燃えていた。陽炎がどす黒く空気を揺らしている。その向こうに桜は―――倒れ伏す父を見た。身体の下に出来た血だまりに、父はもう息をしていないのだという事を悟った。その手には普段使い込まれてくたびれた鎌が握られている。戦おうとしたのだろうか。あの化け物相手に?あんな巨大な剣を振り回す異形を相手に、鎌一つで?化け物はもう死んでいるのであろう父の背に存分に刃を突き立てると、やがて興味を失ったかのようにくるりと身を反転させる。視線の向こうには女が居た。―――母だ!

母は逃げていた。腰が抜けているのか、足下のおぼつかない妹の手を握り、必死に走っていた。父はあの二人を逃がす為に、鎌を握って、勝ち目もないのに一人あの化け物に刃向かったのだろう。

妹が振り返る。化け物の姿と屠られた父の姿をその両目に映し、恐怖に歪んだ表情でこちらを見た。
その時、母の背に何処かから飛んできた矢が突き刺さった。母が前のめりに倒れ込み、手を握っていた妹も自然、引きずられるように地面に転ぶ。しかし妹の視線は倒れた母ではなく、父を殺した天人に向いていた。
―――否、桜はその視線が、何故か遠く離れた自分を見たような気がした。

桜は妹を助けようと―――必死に立ち上がろうとした。しかし、恐怖に萎えた足が、抜けた腰が、桜の身体を地面に縛り付ける。桜は震えていた。身近に迫った死の恐怖に、動くことすら叶わなかった。

「たすけて」

妹は、確かにそう言った。声が聞こえる距離ではなかった。いや、もしかしたら恐怖のあまり、声は出ていなかったのかも知れない。しかし唇は、確かにその音をつくる形をとった。それが最後だった。

―――桜の視線の先で、妹は無惨にも巨大な槍に貫かれて死んだ。化け物共は笑っていた。真っ直ぐに妹の胸の中心を突き刺したそれは、鮮血を撒き散らしながら乱暴に妹の身体から引き抜かれた。


―――桜は、父母や妹が屠られる間、ただの一度も、動くことすら―――声を上げる事すら、出来なかった。







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