17

桜達が天人との戦に発ち、早くも半月以上が過ぎた。
時折現在の状況を知る為に街に出てみるも、入ってくるのは思ったよりも天人の抵抗が激しく、戦況は降着したまま動きを見せないという情報ばかりで、実際の戦況がどうなっているかは分からず仕舞いだ。

不安だ。とてつもなく。

それに―――…。

「おい、酒はまだか」

赤ら顔の志士が佳乃を怒鳴りつける。
佳乃は小さな声で謝罪すると、すぐに用意しますと返事をして足早にその場から離れた。

―――ここ数日は、特に酷い。
佳乃はため息を吐いて、厨に置いてある酒瓶を取り出した。蓄えは幾分か減って、今日にでも買い足さなければならない程に減っている。

桂や高杉といった、志士を纏める主要な人物達が居ない今、一部の志士達は昼間から酒を飲んで過ごす等、好き放題な振るまいをしていた。
攘夷志士とは、言ってしまえばその三分の一はどうしようもない荒くれ者である事が多い。剣を振るうほかに脳のない彼らは、とにかく攘夷志士の名を名乗り、国のためという言葉を免罪符としながら略奪行為や暴力沙汰を起こす事が多く、実際に佳乃はそういう連中を街でたくさん見ていた。
まさか、桂や高杉といった面々が率いるこの一派の人間の中にもそういった人間が居るとは思わなかったが、主導者の居ないという状況がここまで人を堕落させるとは思わなかった。

「…暢気だ」

そうひとりごちながら、佳乃は酒瓶に入った酒を徳利に注いだ。

奴らは、今桜たちは戦場に居るという自覚があるのだろうか?
まあ、元より戦力にもならない自身の事は棚に上げているのだが。

(あんなのが、桜達と同じ攘夷志士を名乗るだなんて)

吹き掛けられる酒臭い息。
侮辱的な言葉。
極めつけは、今戦場に居る他の志士達の悪口だ。

「下衆め…」

苛立ちをぶつけるように徳利を盆に向かって叩きつける。ゴン、という陶器がぶつかる音と共に中身の酒がピシッと盆に飛んだ。

―――ともかく、これを奴らに出したら、一度買い出しに出なければならない。
佳乃は、はあ、とため息を吐いた。

桜が居ない今は、米だろうが塩だろうが酒だろうが、ここで必要なものはすべて、佳乃が買いに行かなければならない。

この廃寺から市がある場所までは、歩いて行ける距離とはいえ結構な山道を通らなければならない。暑さの盛りは過ぎたとはいえ、残暑の厳しい中米俵と酒樽を担いで山道を登るのは、まだ十三の娘であり現代の文明に甘やかされて育った佳乃にとってはとてつもない苦行だった。
初めのうちは慣れない山道に足が腫れ上がり、米俵(といっても大きなものではなく、持ち運びができるぐらい小さいものだが)を抱えて登った日には筋肉痛で翌日はまともに動けなかった。その姿を見て、桜は無理をしなくていいと言ってくれたものの、しかし、それは養われている身としては当然の労働なのだからと、佳乃は毎回、買い出しの度に頑張った。
人間の生きるための順応というものは早いもので。
―――お陰で、僅か一・二ヶ月の間に、一三の少女には少々過ぎた筋肉というか筋力が備わってしまい。

「よいしょ」

あれほどに重いと感じていた井戸水で満たされた桶を、今や二つ持って軽々運ぶことができる。
体中の余計な脂肪という脂肪は全て燃料として燃やされ、柔らかかったふくらはぎは薄くついた筋肉で固く、ぷにぷにの二の腕は力を込めれば力瘤が浮く腕になった。スポーツ選手やアスリートとはまた違った筋肉の付き方をしているが、なんというか、ちょっとたくましい。

(歩菜達が見たらびっくりするだろうなあ)

あの四人の中でも、佳乃は特に軟弱だったのだ。
歩菜は剣道部。晴美はテニス部。麗美は陸上部。
ちなみに佳乃は合唱部である。
一人だけ文化系。肺活量には自信があるが、体育の成績は三人が五なら佳乃は四。現代中学校の教育レベルで見るなら、可もなく不可もなく、といった所か。運動神経はそこそこ、なのである。

力押しでは歩菜に、反射神経では晴美に、瞬発力では麗美に負ける。
しかし、そんな佳乃にも一つ、他の三人よりも優れたものがあった。

例えば、唄う曲によってソプラノやメゾソプラノ、アルトと声域を変えるように。
全く違う声を持つ人間と合唱して美しいハーモニーを奏でるように。
変調の音楽に合わせて時に優しく、時に激しく唄うように。

佳乃は、特に"順応性"に特化していたのだ。








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