15

佳乃がこの世界にきて、約二月の時間が流れた。
残暑の日差しも厳しい中、廃寺の面々は久々の戦の準備に騒がしさを増している。何でも、桂達と縁ある攘夷志士の一派が、ここから少し遠方に戦線を張る天人と一戦交えたらしく、その援護をする為にこちらも天人達の駐屯地に攻め入る事になったらしい。
先達ての志士達の攻撃が成功した事が功を奏し、それまでこの付近一帯で優勢を誇っていた天人側の勢力は、噂を聞く限りでは今や明らかな劣勢となっていた。一部は前線から退却を始めたとも聞いている。

好機。

誰の顔にも、かねてより目の上のたんこぶのような存在だった天人を討てるという喜びが浮かんでいた。
ちなみに、佳乃が最初に現れた村を焼き払ったのは他でもない、この天人達であり、その恩恵を受けていた彼らにとってこの戦は弔い合戦の意味合いも含んでいる。

「お前の仇は必ずとってくるから、心配するな」

そう桜と銀時に言われ、佳乃はとりあえず頷いておいた。あの村は元々自分とは何の関係もない村なので、仇と言われてもぴんとこなかった。正直、そんな事よりも佳乃にとって頼りにしている人間が全て戦で出払うという事の方が大問題だ。

「どのくらい掛かるの?」

こちらがあきらかな優勢といっても、敵はなかなかの規模を誇る軍隊だ。そうでなければ長い間この地の志士達を苦しめられはしないだろう。そもそも、進軍に片道四日以上掛かるような場所に居る敵である。普通に考えれば、だいたい半月は帰ってこない計算になる。
それに、犠牲者がゼロということはありえない。銀時や桂のような、漫画で活躍していたような人物ならともかく、桜のような人物が後世にも存在していたかどうかは誰にも分からないのだ。
佳乃はそれが、不安で不安で仕方なかった。彼が居なくなれば、自分は一人になってしまう。

「心配するな、必ず帰ってくるから」

腰に差す刀の手入れをし、佳乃と共に兵糧や火器・火薬の準備をしながら、桜は屈託無く笑う。

「…桂さんが、これくれた」

そう言って、佳乃は懐から小刀を取り出した。黒い漆塗りの鞘で、飾り気のないそれは、よく使い込まれている事が一目で分かるものの、刃は手入れが隅々まで行き届いていており、鋭い。

「桂さんの懐剣か。そういや、武器になるもの、何も持ってなかったもんな」

恐らくは一人で市に行かねばならない事もある佳乃の事を思って、護身用にくれたのだろうと桜は語るが、しかし、佳乃の予想はもっと別の所にあった。
桂は、生真面目故に時折阿呆だが、流石に頭脳派だけあって頭はかなり切れる。
彼は恐らくここに居る志士達の中で一番、佳乃の立場を理解している筈だ。その彼がこれを渡してきたという事は、恐らくは、覚悟せよと警告しているのであろう。

しかし、それが一体、外敵に対してのものなのか、それとも別のものを指しているのかは、佳乃には判断しかねた。

「ここに残る奴らも居るから、分からない事があったらそいつらに聞けよ。何かあったらそいつらを頼れ。」

夏も終盤を迎え、蝉の鳴き声も勢いを失っている。不意に雲が差して、太陽が陰った。

なんだか、嫌な予感がした。







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