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―――天人の来襲から十六年。日本という国の歴史は、今、正しく激動の時代を迎えていた。

抑もこの攘夷戦争の始まりは、天人による大砲の威嚇射撃に腰を抜かした幕府が早々に開国を行い、天人に命ぜられるままに廃刀令を下した為、各地の侍が反発・決起した事に起因する。

尊王攘夷。

十六年前の天人の来襲と同時に起こったこの思想は、瞬く間にこの日本全域に広まった。老若男女、猫も杓子も尊攘、尊攘と騒ぎ立て、特に黒船の来航は「泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず」という狂歌が日本全土で流行ったほどに天下を揺るがす大事件となった。
ほどなくして、天人の圧倒的武力を見せつけられた幕府は早々に折れ、開国を行い、天人との友好を申し出たが、各地の侍達はこれを良しとせず、毅然として夷狄を受け入れまいと蜂起した。

しかし、世論が攘夷の熱を増してくれば、当然幕府や天人もそれに対抗する為に武力を持ち出してくる。
その頃、既にの天導衆の傀儡となっていた江戸幕府は、各地を席巻する攘夷思想の弾圧を行うべく、武力を盾にいくつもの尊攘派の藩の取りつぶしを行っていった。
天人の力は圧倒的だった。凄まじい勢いであらゆる藩が取りつぶされ、藩主達はお家断絶となり、領民は幕府に奉納する賠償金で日々の生活も立ちゆかなくなる。一つの藩が取りつぶされる度、民衆は幕府や天人の動向におびえるようになった。次は自分たちの番か、と。
そして、弾圧は時間が経つ程に過激さを増した。そのうち、ついには寺子屋などの教育機関までもが弾圧の対象となり、数え切れないほど数多の寺子屋が幕府と天人の手によって焼き討ちとされた。

坂田銀時・桂小太郎・高杉晋助が通っていた松下村塾も、その例外ではない。

今から約六年前―――、彼らがまだ齢十二にも満たない時、松下村塾は焼き討ちにされ、師である吉田松陽は、取り潰しを免れる為に表向き幕府に従わざるを得なかった長州藩と、天導衆の手によって捕縛された。

このころ、長州藩の内情は倒幕・尊攘派が大半を占めていたが、天導衆の監視の目もあり、表立った攘夷や尊攘派の援護をする事が出来る立場ではなかったのだ。

吉田松陽はこの後、長州の萩・野山獄に幽囚されたが、その翌年には獄中を脱走した。そこには、何らかの形で藩の助けがあったに違いないと見ていい。しかし、彼の行方は誰にも分からなかった。桂・高杉はそれぞれ吉田松陽の行方を捜すが、結局見つけ出す事の出来ないまま、吉田松陽はこの後暫く歴史の表舞台から姿を消すこととなる。

吉田松陽は、この国の現状を憂えていた。
天人の圧倒的軍事力の前に屈し、戦う事もしないまま国を明け渡した幕府。我が物顔で国を歩き、すべてを蹂躙していく異星人たちに、思う所のない人間などいない。
松陽は、生まれ、育ったこの国を愛していた。
穏やかな彼は争いを好まない。しかし、敏い彼には天導衆による傀儡政権の行き着く先―――この国の未来が目に見えていた。
このままでは、この国は腐り落ちる。
人間と動物の区別もつかない天人に支配された未来に、希望などあろうはずもない。

だからこそ松陽は子供たちに教えを説き続けた。
己の信じる武士道を掲げ続けろと。たとえこの国が天人達に支配されつくしたとしても、己が高潔な志を抱いた侍であることを忘れるなと。

…彼が教えを広める間も天人による侵略は進み、戦火は弱き民達を次々と飲み込んだ。激しさを増した戦火は各地に燃え広がり、天人と人間の間に深い溝を刻んでいく。
幕府から施行された廃刀令は、それまで己の刀にすべての信念を掛けてきた武士達から矜持を奪い、締結された不平等条約は人々から人間としての尊厳すら奪おうとした。

そして、彼の教え子達は、決起した。
師の行方は分からずとも、その教えを胸に抱く彼らは、各々の思想を掲げ各地で天人の支配する幕府に対する反乱を起こした。たとえ松陽が争いを望んでおらずとも、彼の元で学び『侍』であろうとした彼らにとって、この現状は到底受け入れられるものではなかったのだ。
下火となっていた各地の攘夷活動が再び勢いを取り戻したのも、この頃である。
そして、その中にはもちろん、若き日の桂や高杉といった顔もあった。彼らが挙兵の為にそれぞれ軍備を整え、戦争に参加できるような体勢を取るまでに約三年の時間が経ったが、それでも世論は依然として攘夷が強かった。
これにより、激化する幕府と攘夷派との戦いにますます、この国は疲弊していく事となる。


それから、一年の月日が経った。


桂や高杉らが十六を過ぎた頃、長く続いた戦争に疲弊して、志士達の活動はだんだんと勢いを失い始めた。やはり天人を味方に付けた幕府の力は強く、圧倒的な物資と火力の差は侍達を酷く苦しめた。
さらに、この時長く尊攘を掲げ天人に対抗していた薩摩が、天人と国を挙げての大戦に負け、その後開国派に転じた事も、攘夷が勢いを無くす原因となった。
この頃まで、薩摩は対天人において最も大きな勢力だったのである。







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