08

―――ごめんなさい。あまり詳しい事は憶えていないんです。
彼らから逃げるのに必死だったので―――…。

着ている制服の事や、村で起こった事の詳細を銀時や桂に問われた時、佳乃はそう言って彼らの追求を逃れた。どうせ真実を話したところで頭のおかしな人間と思われるか、さもなくは保護する必要のない無関係な人間とバレてこの場所を追い出されてしまうかもしれないからだ。自分が元居た世界に帰ることができるか分からない今、それだけは避けたい。
それに―――…。

佳乃はとりあえずと宛がわれた廃寺の一室で汚れた制服を脱ぎながら、ため息を吐いた。
目の前には佳乃の身体には少し大きいサイズの着物と袴が置いてある。それは血と砂埃で汚れた佳乃の制服の替わりに、桂が用意してくれたものだった。流石に男所帯なので、女性用の着物がある筈もなく、一番背丈が近い志士から借りてきたらしい。

佳乃は浴衣ならまだしも、袴というものを着た事がない。いやそもそも、着物を自分で着付けた事もないのだ。―――正しい着方が分からない。
綺麗に畳まれていた着物を持ち上げて首を捻りながら、さてどうしたものかと佳乃は唸った。

佳乃が住んでいた世界と、ここは、こんなにも常識が違う。
着物の着方すら分からないなんて、彼らに知れれば一体どこの出身の者かと思われてしまうだろう。着ていた制服については、奇妙な形だと少しは不審に思われたらしかったが、佳乃が天人の元から逃げ出してきたと説明すれば、売り払う際に天人の着物を着せられたのだろうと勝手に納得してくれた。

―――これからどうしよう。

これから先も、先程のような誤魔化しがうまくいくとは限らない。
しかし、彼らの庇護を受ける為には、何とかボロをださないようにしなければならない訳で―――。
佳乃はぱん、と己の頬を両手で叩いた。

しっかりしろ。
ここには誰も、己の味方などいないのだから。

そう、いくら彼らが自分の事を世話になっていた村の生き残りだと勘違いしてくれていたとしても、いつお荷物として切り捨てられるかはわからないのだ。

いついかなるときも、警戒心を緩めてはならない。

ここと佳乃の居た世界では、何もかもが違いすぎる。
せめてうっかり変なことを口走ったり、怪しまれるような行動をしないようにしなければ。


佳乃は、二度死んだ。

一度は屋上から落ちて。二度目は刀で斬られかけて。



(―――でも、やっぱり私、しにたくない)



佳乃は、二度命を得た。だからこそ―――つなぎ止めたこの生が酷く愛おしかった。死にたくない。もうあんな思いはたくさんだ。

死ぬのは怖い。だから、嘘を吐いて、人を騙してでも、必ず生きる。

佳乃は己に活を入れ、まずはあちこちにこびり付いた血と泥を濡れた手ぬぐいで擦り落とす事から始める事にした。







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