06
―――どうやらあの後暫く、佳乃は気を失っていたらしい。
目が覚めたら見慣れぬ天井と銀色が視界一杯に広がっていて、聞けばここは、今をときめく攘夷志士達のねぐらの一つである廃寺の一室だという。ふと頬に手をやれば、そこには湿布のようなものが貼り付けられていて、ばけものにぶたれた時の腫れは幾分か引いている様子だった。
「…それで、天人の手によって焼け落ちた村からその娘を助け出した、と?」
「ああ。さっきから何度言えばいーんだよ…」
「ほんっとにそうなんだな銀時?おい娘、この男の言ってる事は本当か?」
急に佳乃の方を振り返り、話題を振ってきた男にも、佳乃は見覚えがあった。黒髪、長髪、端正な顔立ち。
恐らくは、彼が桂小太郎その人なのだろう。
彼は返事に窮する佳乃に対して「いい、みなまで言うな、分かっている」と勝手な納得をしてその肩を叩いた。
「…よもや銀時がそんな性癖を持っているとは思いたくないが…」
「しつけーんだよテメー!!誘拐じゃねーって何度言えば分かんだコラ!ヅラ取ってハゲにすんぞ!!」
「ヅラじゃない桂だァァ!!」
信じたくはないがやはり、佳乃はあの漫画…銀魂の世界に来てしまったらしい。
未だ実感は沸かないが、それが事実と言われてしまえば事実なのだから、もうどうしようもない。少なくとも、佳乃にとっては。
「…それで村の状況は」
「コイツ以外の生存者は、…見つからなかった」
ちらり、と佳乃の方を見てから悼ましそうな表情を浮かべる坂田銀時。
(…ああそうだった)
佳乃は彼に、あの村の住人だと勘違いされてる。
しかし佳乃自身には現実感などなく、あの村がどんな場所で、どういった人達が居たのかを知らない。だから、あれほどの惨状を見た後でも、どうしてもそんな表情にはなれなかった。
薄い壁を一枚隔てた向こう側を眺めているかのように、佳乃は自分の置かれた状況に対して客観的な見方をしていた。
これほどまでに現実味が沸かないのはきっと、佳乃の居た場所は、世界は、この場所からは考えられないほど死が遠い世界だったからだろう。
つい先程、死と間近に向かい合ったばかりだというのに。
「まいったな…あの村からは物資の補給も受けていたのに…」
「おそらく俺達の支援をしていた事が天人にバレたんだろう…村の状況も酷ェ状態だ。…唯一残ってたコイツも、天人に殺されかけてた」
「…拾ってきた事に関しては、もう何も責めまい。俺がお前と同じ状況だったとしても、おそらくお前と同じ行動をとっていただろう」
二人の、どこか同情めいた視線が突き刺さる。その視線に、佳乃は罪悪感に似たものを感じた。
別に、佳乃が悪い訳ではない。騙そうと思って騙している訳ではないのだ。
だが、本来佳乃は、その視線を受けるべき人間ではない。佳乃はなんとも居心地が悪くて、二人から目を逸らす。
その時、銀時の白い羽織にこびりついた血が目に入った。血は既に酸化して、黒くなりかけている。
「…よく頑張ったな」
よく無事だった、と頭に置かれた暖かい掌が、ぽんぽんと一定のリズムを刻みながら髪をなでる。
その暖かさを感じたとき、どこか他人事のように考えていた佳乃の頭にようやく、実感のようなものが湧いてきた。
白い羽織に対照的な色を散らせる、黒い斑の血。フラッシュバックする、あの光景。
身体を包んだ青空。
恐怖。
焼けこげた死体。
土に染みこんだ血液。
突き刺さるような怒気と、殺気。
振り下ろされた刃。
返り血。
冷たい目線。
目の前で断たれた命の残骸。
「………う……」
小さく小さく、嗚咽が漏れた。
今頃になって、じりじりと体中を襲う恐怖心。
後から考えれば、あの場で吐かなかったのは上出来だ。
あれだけの惨状を目の当たりにして、危機に直面して。結局叫び声の一つも上げなかった自分はよほど肝が据わっていたのか、あるいはただ単に馬鹿なのか。
「あああああああッ!」
暖かい掌の体温と言葉に、佳乃の中で知らず知らずのうちに張りつめていた糸が切れた。
堰を切ったように溢れ出す涙と嗚咽を受け止めるように、優しい手つきで髪を撫でながら二人は瞳を伏せた。
…救えなかった村の人々を、悼むように。
この世界での居場所を得る為にあえて真実を言わず、焼き払われた一つの村の存在を利用する自分自身が汚いものに思えて、でも生きていたいから仕方ないと自分を納得させる自分が情けなくて、二人の同情があまりにも痛くて、佳乃はまた、泣いた。
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