廊下を走る足は軽くって、途中で誰かに呼び止められても止まることなんてない。あたしはドアを勢いよく開け放った。


「おはようございますっ」


満面の笑みで教室に入れば、金色のさらさらの髪がまず目に入る。この人に呼び出されたなんて胸が躍るでしょ。しかも休みの日に。その人は笑いながら振り向いた。


「相変わらず元気だな」

「だって、ディーノに会えるから!」

「こら、ディーノ先生だろ?」


そう言って頭を軽く小突かれた。それだけでドキドキしてしまう自分がいる。なんで出会った場所が学校だったのか。先生と生徒なんてひどいじゃないか。


「んでだな、わざわざ呼び出したのは」

「呼び出したのは?」


ぱっと目の前に突き出された一枚の紙切れ。明らかに丸の数よりもバツの数が多いのが特徴的で。うん、これあたしのテストの解答用紙。


「テスト結果があんまりにもひどいから、特別に補講だ」


そう言って机に置かれた分厚いプリントの束。それに後ずさりするも、ディーノの特別補講をけるわけにはいかない。ディーノはプリントの置かれた席の前のイスにこちら向きで座っている。


「どうした?早くしないと日が暮れちまうぞ」


しぶしぶ席につくと筆箱からシャーペンをとりだしてプリントに取りかかる。解らないところはディーノが全部教えてくれる。問題を差すきれいな指とか、丁寧に教えてくれる声とか、眼差しとか、今はあたしが全部独り占め。なんて贅沢してるんだあたし。


「なぁ、姫」

「んー」

「好きなやつとかいんのか?」


あまりにも唐突に聞くもんだから勢いでシャーペンの芯が折れた。とゆうか、力込めすぎて折った。かなりの動揺を隠せないままディーノの顔を見た。


「なななにいきなり…」

「いや、なんとなく」


なんとなくっていうわりにはなんで真剣そうな顔するのかな、この人は。その気まぐれであたしの心を乱さないでもらいたい。でも、でも、


「いるよ」


そう言ったら面食らった顔するのはなんで。また気持ちがかき乱されちゃうじゃん。


「…どんなやつなんだ?」


トクン、トクン、心臓がうるさいよ。ギュッとシャーペンを握りしめて、ディーノに向けていた視線をプリントに移した。気持ちが止まらない。


「…ディー、ノ」


このバカ正直な性格をどうにかしたい。あたしには一生駆け引きなんて無理だろうな。それよりもこの状況が空気が痛い。ぱっと顔をあげて無理やり笑ってみた。


「な、なんちゃっ、」


て、と言い切る前に目の前が金色に包まれた。そして唇に柔らかい感触。ディーノにキスされてるって気づくのに数秒時間がかかった。わかったときにはディーノは唇を離していた。


「もー無理」

「へ…」

「可愛すぎんだろ、お前」


こんなはずじゃなかったとディーノは頭をかきあげた。あたしはぽかんと時間が止まったまま。だけど、みるみるうちに顔に熱が集まってきて、時間はまた動きだす。


「姫、さっきの本当か?オレが好きだって、」

「嘘な、わけないっ」

「そうか、オレもずっと好きだった」


そう言って笑いながらあたしの髪を撫でるディーノの前であたしは涙がとまらなかった。








特別授業
(一生先生なんて呼んでやんないんだからっ)



090828

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