「ユーくーん、はい、任務の資料だよ」

「…てめぇ、ぶった斬られてぇみたいだな」


ちゃき、と神田は六幻を煌めかせた。それに姫は全く動じない。むしろ自分のイノセンスに手をかけている。睨む神田と笑顔の姫の間には心なしかパチパチと火花が散っている。


「資料届けてあげたのに、ありがとうくらい言えないの」

「はっ、礼を迫るなんざ恩着せがましいな」

「お礼一つ言えない人には教育が必要でしょう、ユーくん」

「ほんっと可愛げねぇな」

「失礼な」

「そんなんだから男できねぇんだよ」

「なっ!そういうあんただって…!」


そこでぐっと声を詰まらせる姫。神田を上から下まで冷静に見やった。そこにいるのは完璧なまでの美男子。非の打ち所がない容姿だ。これで男らしい性格。惚れている女は山ほどいるだろう。現に姫もその一人なわけで。


「オレだって、なんだよ」


神田は勝ち誇った笑みを浮かべている。姫は反論を考えるが、何も浮かばず唇を結ぶだけ。それを見て更に気をよくする神田。

「うっさい、バ神田っ!」

「なにも喋ってねぇだろ」

「空気がうるさいっ!」

「はぁ?」

「あたしだって男くらいできるしっ」


姫はそれだけ言い捨てて足早に去っていった。残された神田はガシガシと頭をかいた。そして、空の両手を見てため息をついた。


「バカはてめぇだ」


ぼそりと呟いて姿の見えなくなった姫の背中を追った。


「可愛げないなんて知ってるし!わざわざ言わなくたって…神田のやつ人の気持ちも知らないで!知らないのは当たり前だけどさっ」


一人早歩きでカツカツと廊下を歩く姫はぶつぶつと独り言をぼやく。そして、だんだんと手に力が入っていく。くしゃりと右の手から紙の音がして、はっと我にかえった姫。ぱっと手元を見て青ざめる。


「資料…!」

(絶対バカにされるけど、仕事に影響するっ)


姫は来た道を振り返った。途端に誰かとぶつかってしまう。姫は驚いて見上げると、よく任務が一緒になる探索部隊の男。


「わ、ごめん、大丈夫?」

「こっちこそごめん、大丈夫だよ」


それじゃ、と別れを告げてすり抜けて行こうとしたが、とっさに腕を掴まれてそれは叶わない。姫はもう一度、男の顔を見上げた。


「好きなんだ」

「…へ」


男は顔を赤らめているが、眼差しは真剣そのもの。一瞬姫は呆気にとられるが、意味を理解すると同じように顔を赤くして慌て始める。


「え、いや、その、」


慣れない告白にどうしていいかわからない姫の視界に黒い長髪が映った。姫はそっちに視線を移すと、いつもの不機嫌な顔した神田がいた。神田と目が合うと、神田はズカズカと歩み寄ってくる。


(え、なんか怒って、る?)


姫が困惑するなかで神田は二人の間に割り込んだ。そして、姫を掴んでいる手をほどいてじろりと男を睨みつける。男はたじろいだが、引き下がれないと神田に対して胸を張った。


「僕は姫さんと話してるんです。退いてください」

「断る」

「ちょ、神田っ」


慌てふためく姫が割り込もうとすると、神田は強引に腕を掴んで歩きはじめた。呼び止める男はもう完全に無視して。

「ちょ、神田!ストップ!ストップ!」


姫が必死に呼び止めても神田は止まらない。それにプチンと姫がキレた。あいていた右手の拳をぐっと握りしめ、それを思い切り神田の頭に叩き込んだ。


「なにすんだてめぇ!」

「止まれって言ってんのに聞かないからでしょ!てか、何いまの!?」


姫がすごい勢いでまくしたてて詰め寄ると、神田は言葉をつまらせる。いまいちはっきりしない態度に苛立ちを募らせる姫。


(あんなことされたら期待しちゃうじゃない!)


神田は頭をかいて困った顔をしている。神田の唇は言葉をだしあぐねていた。その一つ一つの動作が姫に期待させ、不安にさせていた。姫の心臓が耐えきれなくなるそのときに神田の口がひらく。


「俺だってわかねぇんだよ」

「…は、」

「お前が野郎に告られて慌ててるとこみたら無性にムカついたんだよっ!悪ぃかっ!」


ほのかに顔を赤くして視線をそらした神田に一瞬きょとんとしたが姫だが、すぐにクスクスと笑い出す。
「なに笑ってんだ」

「だって、神田の顔赤い、」
その刹那、姫は腕を引かれて神田の腕の中に閉じ込められる。驚いて抵抗しようとするがさらに力が強くなる。


「かん、」

「うるせぇ、黙っとけ」


姫はおとなしく神田の肩に頭を預けることにした。自分の心臓がすごいスピードで活動しているのがバレないか気にしながら。






不器用な馬鹿
(気づき始めた恋心)
(2人の距離はあと一歩)


090823

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -