4話終了後

「……ごめん」

満月がうっすらと夜空を照らしているその下で、俺はなんとなくそう口に零していた。
あの日と同じように、場所はアトリエの屋根の上。隣に座る雛穂は「は?」と眉をひそめた。

「……なによ急に」

「いや……不謹慎だったかなーって」

「何がよ」

確かにいきなり謝罪されたってなんのこっちゃわかんねぇよな。
出来れば察して欲しいところでもあったが、さすがにそんな無茶も言えないか。

ただ、本当に不意に口を突いたのがその言葉だったんだ。
ついこの間、俺は雛穂の生い立ちを知ってしまった。それはもう壮絶なものだった。
俺と同じように高校に通ってるこいつには、俺と同じような親は居ない。

雛穂の両親は、俺たちの敵であるラッカーに食われてしまった。
そのまま成り行きで北城に引き取られて今に至る、ということらしい。

だけど俺がこいつと話すようになったばかりのころは、そんなの想像も出来なかった。
出来なかったからこそ、こいつの前で簡単に家族の話が出来た。
俺が"親はたまに家に居るから、家から通う事にする"って言った時、こいつはどんな気持ちで聞いてたんだろう。
きっと心地のいいものではなかったはずだ。少なくとも、俺なら。

「……相変わらずヘタレね」

「は!?」

「何で貴方がそんなこと気にするのよ」

「……そりゃそーだけど、俺が嫌なんだよ」

俺は行き場のない手を挙げ、ボサボサの自分の肌髪をかき上げた。
雛穂は俺じゃない。だから俺がどう思っていようが、雛穂はなんとも思ってないかもしれない。
だけど俺は他人がこうなら自分もこうって人間じゃないから、どうしても自分の意志を優先させてしまう。
だからこそ雛穂が「気にしなくて良い」って言ったって、俺は気になるんだよ。

今まで何にもわからなかったこいつの一番深いところを知ってしまって、後悔がないといえば嘘になる。
そしてそれと同時に自分の悩みが酷く小さなものに思えて、少しながら恥ずかしくもなった。

親に会えない、と言う意味では俺もこいつと一緒かもしれない、なんていうのは大間違いだ。
だけど俺は一時期、こいつみたいに親は死んでるものだと思ってた。というか、いないも同然だと思ってた。
家に帰っても居ないし、接する時間自体が短いから、あんまり親って実感が無かったんだ。

周りは家に帰れば親が居るのが当然で、余計に自分は不幸なんだと棚に上げたりして。
だけどそれは単に時間の都合で会えないだけであって、死んでるわけじゃない。
今でも一ヶ月に一回くらいは家族の時間があるし、これから一生その時間がない雛穂に比べれば……

「俺なんて全然幸せじゃんって思って」

「……何よそれ、バカにしてんの? 哀れんでるの?」

「だから違えって」

別にバカにしてるつもりもないし哀れんでるつもりもない。
ただ比較してしまうと、こういう結論にたどり着いてしまうってだけのことだろ。

だけどそれで雛穂は機嫌を損ねたらしく、俺に同情されるギリなんかないとか何とか、いつもの刺々しい口調で言ってきやがった。
何で怒ってんだよって聞いても怒ってないって言うし。いや、その口調は怒ってんだろ。
あぁもう、女ってめんどくせぇ。

「……歌川くんの親って……どういう人たち?」

「ん?」

「私だけ知られて不公平じゃない。教えなさいよ」

「……別にフツーだよ」

機嫌を損ねたついでに、俺が雛穂の生い立ちをしることを不公平に思ったらしい。
別に俺だって聞きたくてお前の過去を聞いたわけじゃねぇっつの。あ、でも半分は否定できねぇな。
それにしたってうちの両親はいたってフツーの親だと思うし、どう説明すりゃいいんだ。

だけど、どうやら雛穂のいう「親」というのはどんな性格だとかじゃなくて、俺とどういう風に接する人たちか、ってことらしい。
確かに他人の親の性癖やら聞かされたってそれがどうしたって話になるわな。
じゃあつまり、俺は自分の過去の話をしてやらなきゃならないのか。それでおあいこって事か?

うちは両親とも共働きで、家でもほとんど顔を合わせないって事は雛穂も知ってる。
だけど昔は一緒に遊んだりしてたんでしょ、という素朴な問いに俺は首をかしげた。

「……どーだかな。俺、父さんたちに育てられたって実感ないから」

それこそ雛穂は不思議そうな顔をした。まぁ、俺だって自分で言っといて首傾げたい気分だけど。
だけど大げさに言ったわけでもなんでもなくて、俺は本当に両親に育てられたって実感がない。
それは親が育児に時間を割くことがなかったから、なんだろうな。

物心がついたころから両親は共働き。だけどうちにはばあちゃんがいた。
飯作ってくれるのも、遊んでくれるのも、保育園に迎えに来てくれるのも全部ばあちゃんだった。

いつも通り二人で夕食をとってたときに、ばあちゃんが俺に尋ねてきた事がある。
お父さんやお母さんと遊べなくて、寂しい思いをしていないかと。
だけど俺はふてぶてしくも頬杖をうちながらこう言った。

『ばーちゃん居るじゃん、お父さんたちなんか居なくたって平気だよ』

言うなれば、ばあちゃんっ子だったわけだな俺は。
親なんて名前だけで、付き合いはほぼ皆無。どちらかと言えば時々会う親戚、って意識のほうが強かった。
それほどまでに両親への執着心が薄かったのはやっぱりばあちゃんが好きだったからだろう。

じーちゃんは残念な事に俺が生まれる前に死んでしまったらしい。顔を合わせてもそれは遺影だ。
だからこそ、生きていつも俺の傍にいてくれるばあちゃんだけが家族だと思えた。
父さんが遊んでくれなくても、母さんが飯作ってくれなくても、ばあちゃんが居ればとりあえずそれで良かった。

けど、そんな平穏な日々がいつまでも続くわけがなかった。
ある日、俺が小学校から帰ってきた時のこと。いつも通り「ただいま」って言ったのに返事の声がない。
いつもなら「おかえり」って返してくれるはずのばあちゃんの声が無かったんだ。

その時はただ出かけてるくらいにしか思わなかったけど、間違いだった。
何気なくリビングのドアを開けたら、そこで……



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