鷹の目
鷹の目は人の8倍の視力があるという。高いところから獲物を見据え、狩る時を待つ。
鷹程とは言わないが、田中の視力も獲物、もとい勘右衛門に対してはすこぶるよく働くらしい。もっと言うなら勘右衛門に対してのみ。
ワイワイと話す私の周りは全く見られていることに気が付いてない。あれだけ距離が離れていれば仕方ない。田中の姿は小豆の大きさに等しい。注意してみなければ田中であることも確認せず、視線を流してしまうだろう。
雷蔵を挟んだ隣には田中の獲物が座っている。今の話題はこの間の実技で珍しく兵助がヘマをした話。間に茶々を入れるが、どうにも田中の方が気になる。
私が知っているだけで田中はかれこれ4年も狩りを続けていることになる。私にしてみれば理解できない執着だ。切り替えて適当に妥協してしまえば楽なのに。どうやったって助かる見込みのない泥沼に自ら身を浸からせ、まるでそれが底なし沼のように見せている姿はおかしいとしか思えない。抜けだそうと思えばいつだって可能なはずだ。
彼女の目は間違いなく此処を見ているだろう。どんな表情をしているのだろう。いつものように笑いながらこの風景を微笑ましげに見ているのだろうか。
なんて、勘右衛門を見れば必ず目に入る桃色が有る限りそんなことはあり得ないだろう。
ならば憎々しげにこちらを見ているかと思えば、田中のそんな表情を見たことがなく想像ができなかった。
「そう思うだろ?」
「ああ、そうだな。でも兵助だからなぁ」
「俺が何だって?」
「兵助は時々抜けてるから、予想できないことを引き起こしそうだ」
「故意に引き起こそうとするお前より良心的だろ」
「ああ、それは否定できないな」
田中は一体私たちがどんな話をしていると思ってるのだろう。こんなくだらない普通の会話、誰も当てることなんてできないだろうけど。勘右衛門に関する話題だったら検討くらいつくだろうか。朝しか拝めない勘右衛門の情報を穴もなく網羅しているのを私は知っている。いや、本当はそこまで知らないけれど。でも田中が誰かと話しているのを聞くと大半が勘右衛門関連なのだからそう思っても仕方ないはずだ。普通は行きすぎた行為だと思うが、誰もが普通に田中に勘右衛門の話を流しているのを見ると、田中は人当たりがだいぶいいらしい。それを手に入れるだけの人脈を持っている。まあ、必死な姿を見せられて応援したくなる気持ちは分からないでもない。
「でも八左ヱ門だってそう思うだろ?」
笑いながら話を振る勘右衛門。全く見られていることに気が付いていないようだ。どうやったらここまで鈍感になれるのか。普段の田中の態度を総合してみれば明らかなんだが、何故気付かない。田中に興味がないってことか?いや、関わり合いになりたくないんだな。朝のあの怯えようだと、まあ可哀想ではある。今のままだと田中の気持ちが勘右衛門に届くことはないな。田中の行動は多少緩急を付けた方がいい。押してダメなら引いてみろって基本だろう。そうなると田中と朝会わなくなったら勘右衛門はどんな反応をするかな。暫くは深読みして怯えていそうだ。それからそれが普通になるのかな。
にしてももったいないな、田中面白そうなのに。一途で猪突猛進だけれど、自分で引いた線は超えない。朝以外勘右衛門に無理やり接触する所は見たことがないし、他のくの一と結託したり牽制することもない。今もこうやっている場所は分かっているのに見ているだけ。じっと見つめているだけ。
図書室で会った時みたいに、笑うと可愛いんだけどな。毎朝、お前ばかりに向けられてるのにな。いつもお前しか見てないのにな。あの笑顔を正面から見られるのはお前だけなのにな。
何で気付かないんだよ。
・・・ん?
何でこんなに苛立ってるんだ。勘右衛門が気付こうか気付くまいが私にはどうでもいいことじゃないか。気付いたらそれはそれで面白そうだが。
田中を見る。豆粒のようなのに、それが田中だと分かる。田中が勘右衛門以外目に入っていないのも想像に易い。絶対に私が見ていることに何か気付いてないだろう。先ほど田中と勘右衛門に対してした推測がそのままそっくり自分に当てはまる。勘右衛門を見れば相変わらずニコニコと楽しそうに笑っている。それを見てなんとなく頷いた。
良いじゃないか。田中にとっての勘右衛門が私にとっての田中になっても何ら問題などない。皆それぞれしたいようにしているのだし、私がそれに倣っても誰にも責められない。思いつけばしっくりくる。最近どうも田中が気になっていた。図書館然り、朝食前然り、い組前然り。
それならば後は行動に移すのみだ。欲しいものは手に入れよう。誰も手に入れない内に。
「だろ〜」
「そうだな。ところで喉が渇いた。食堂に茶貰いに行かないか?」
「いいな、行こうか」
提案すれば簡単にことは運ぶ。ぞろぞろと六人連れだって、勘右衛門を田中から見えない所に移動させる。
まずは田中に私を印象付けることから。図書館の時の感じからして田中は私に大してそこまで関心がないらしい。まあ、今までほとんど関わり合いがなかったんだから仕方がない。
さてまずは何から仕掛けよう。
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