4話
紙を捲れど捲れど終わらない不思議。
不思議じゃない、量が多すぎるんだよ。
先生が私に与えた課題は確実に私の自由時間を奪った。
これじゃ、勘右衛門の観察とか、情報収集とか、美容法の改善とかできない。
友人に手伝って♪って頼んだら思いっきり無視された。
覚えているといい、後で後悔させてやるんだから。
「何々?えっと・・・え、歴史?いやいやいや、こんなの教科書に載ってるはずないじゃん」
縋る思いで教科書を調べるが、どこにも記述がない。
「えええ、このままいくと創作しちゃうよ私」
習ってないものをどうやって書けと?
明らかに、この課題を終わらせる方法は一つしか残っていない。
「図書館かぁ・・・」
面倒くさいなぁ。でも、それ以外に終わらせる方法がないなら立ち上がるしかない。
がんばれ私、幸せのために。
手ぶらで図書館に向かった。
図書館と言えば、静かな場所である。まあ、世の中にはそれが落ち着くという人がいるだろう。
私は逆で、落ち着かない。
だってさ、立ったり座ったりする時の音まで気を使うのよ?
本を捲る時の音でさえ気になるほどの静かさなんて、緊張しか生まないの。
だから私は極力図書館には来ない。
ついでに言うなら、話しただけで顔面ギリギリに縄縹が飛んでくるとかどうなのよ。本を血で濡らす気ですか?
ためにならないことばかり考えていたせいだろうか、いつの間にか私は図書館の入り口に立っていた。道中の景色は全く覚えていない。
もし勘右衛門を見逃していたりしたらどうしよう。いや、それはありえないな。うん、私が勘右衛門を見落とすはずがない。
とりあえず、私は粗相をしかねないので中在家先輩がお休みだといいと思います。
自分の部屋の戸をあけるよりも格段に丁寧に図書館の戸を扱う。来なさ過ぎてどの程度静かにすればいいのかわからない。
中は予想以上に人が少なかった。
おそらく求めている本があるであろう本棚を漁る。
一応これでも入学して五年目。どこにどんな本があるかは把握しているつもり。
・・・あくまでつもりなわけで。
・・・棚の配置変えとかしました?
予想したところには全く関係のない書籍しかなかった。
仕方ない、図書委員さんに聞こう、そうしよう。
チラリとカウンターを見ると貸出のところにいたのは中在家先輩ではなかった。よかった。
しかも同級生の不破雷蔵君だ。彼ならきっと私の欲しい本を見つけてくれるに違いない。
「あの〜、ちょっとお聞きしても?」
不破君は優しく微笑む。うん、人気があるわけだよ、この笑顔。
勘右衛門には敵わないけどね。うん、なんか親ばかみたい。
「どうぞ?」
「忍具の歴史についての書籍ってドコにあります?」
「ちょっと待ってね」
不破君は立ち上がろうとしたが私がそれを止める。
「あ、どの辺か教えてくれるだけでいいから」
私の意見にまた不破君はほほ笑んだ。ほんとあれ、フワっだよ、フワっ。名字が似合いすぎだよ、不破君。
「分かりにくいところにあるから」
そう言って結局席を立ってしまった。
この人親切だなぁ。良い人だぁ。
本当に奥まったところに来た。あまり利用されないようだ。
「これと、これと、これなんかいいんじゃないかな?」
棚から三冊本を出してくれる。すごい、もしかして図書館の本全部覚えているんじゃなかろうか。
流石優秀といわれるだけある。
「ありがとう、すっごく助かりました」
思わず、頭を下げる。心の底から感謝すると自然と頭って下がるよね。
「お役に立てて光栄です」
少し冗談めかして不破君は言った。
私勘右衛門を好きになってなかったら、不破君好きになってたかも。
「貸し出しするでしょ。手続きするよ?」
「お願いします」
不破君は私に本を渡さず、自分でカウンターに持っていった。
は〜、なんかこう、細やかさが違う。
不破君の後ろについて歩いた。
人がやはり少ない。
邪魔にならないように足音を消して歩いた。
「ちょっと待ってね、カード出すから」
カードを集めている場所を不破君は探る。
あれ?
「はいこれ」
不破君はまたもや素敵な笑顔でカードを渡してくれた。
この笑顔はサービスだろうか?
カードの一番上には私の名前がしっかり書かれている。
「私の名前、知ってるの?」
「うん、毎朝勘右衛門に挨拶してるでしょ」
確かに、自然じゃないもんね。
うん、そりゃ覚えられるかもしれない。
友達が私のこと覚えるほど会ってるって言うのに、なんで勘右衛門はいまだに怯えっぱなしなの?
やっぱり私の努力が足りないの?
明日は不破君バリの笑顔作ってみよ、うん。できるかな。
カードに書籍名と今日の日付を書き込む。
「はい、お願いします」
カードを差し出すと、不破君は受け取ってカードを仕舞った。
「じゃあ、2週間以内に返却してください」
「わかりました」
お決まりの言葉を添えられる。
「じゃ、お借りします」
そう言って私は本を抱え込んだ。
一刻も早くここを出よう。私に似合う場所じゃない。
「田中さん」
不破君の声で呼び止められる。ギリギリ小声だろうか。
「勘右衛門の反応はああなのに、どうして挨拶続けられるの?」
それは心配しているようにも聞こえる。
でも、どうしてか不破君の表情は悪戯っ子のように見える。新しい一面?
「決まってるでしょ」
私は堂々と、むしろふんぞり返るように答える。
「勘右衛門が好きだから」
明日の練習に不破君の真似をして笑ってみたが上手くいかなかった。
要練習。
課題が終わったら鏡の前で特訓だ。
不破君はまた優しく微笑んだ。
「そっか、ごめんね。変なこと聞いて」
「ううん、じゃあね」
小声で挨拶を済ませると私は図書館を出た。
とにかく課題を終わらせることが先決かぁ。
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