聖なる夜の
ラストクリスマス、恋人たちのクリスマス、ジングルベル、真っ赤な鼻のトナカイ等のクリスマスの定番と思われる歌が町中に流れる少し前。
プランなんかもあるから早めに計画を立てようと、クリスマスのことを話しあう為に彼氏の部屋に来ていた。
彼氏こと竹谷八左ヱ門君。
彼をゲットするために私はものすごく努力をした。なぜなら彼は天下一と言っていいほど鈍感だからだ。
周りの応援があるにもかかわらず、どれだけ告白するのに時間がかかったことか。でもそんな所も大好き。
そんな彼と迎える初めてのクリスマス。浮足立たない方がおかしい。
「ねえ、竹谷君。クリスマスイブ、どうする?」
遠回りに誘うのは無意味だ。だって通じないから。
いまどき女は肉食系、直球勝負です。
雑誌を読んでいた竹谷君の目が私を見る。
「クリスマスイブ?ああ、俺もう予定立ててるよ」
「え!嘘!?」
あの竹谷君が!?イベントごとにはとことん疎い竹谷君が!?
バレンタインにチョコ渡したらただの差し入れ的な物と思っていた竹谷君が!?
そっか、やっぱり最初の一年だもん、竹谷君も楽しみにしてくれてるんだ。
「イブは」
「待って!」
竹谷君の話を遮る。もうテンションが上がってしょうがない。
「クリスマスまで内緒にしてて!」
プランはやっぱり知らせないでほしい。
良い、別にロマンチックじゃなくても。いや、イブに恋人が2人でいたらロマンチックにならないわけがないからどんなプランでもオールオッケー!
楽しみすぎる!
「ああ、そう?」
竹谷君はそう言って雑誌に目を戻した。
12月に入ったらエステ行こう。
天皇誕生日になっても、イブ当日になっても竹谷君から待ち合わせの時間などの話はなかった。
どうせ会うんだからと、午後1時に竹谷君の部屋を訪れた。
新しく買った白いコートを着て、自分なりに最高のオシャレをした。
意を決してチャイムを押す。
ドアを開いたのはダウンを来た竹谷君。
「花子?何かあったのか?」
何かあったのか?え、何に対しての言葉?私がここに来たことに対して?
「え、いや、あの、今日クリスマスイブ・・・」
「え、うん、そうだけど」
「竹谷君、予定立ててるって・・・」
呆気ない返答に不安になる。
竹谷君は不思議そうに首を傾げた。
「うん、だから今日バイト」
・・・。
予定立てている。つまり竹谷君自身の予定が立っている。
・・・。
うそ〜。
「な、何時から何時まで?」
「今から夜の8時まで」
そんなガッツリ夜まで。
今からバイトだからダウン着てるんだね。
「えっと、俺もうバイト行くけど」
「あ、うん」
靴箱の上に置いてある鍵を手に取り、竹谷君は廊下に出てきた。
こんなにオシャレしてきたのに無駄骨。
・・・悔しい。
鍵をかけようとする竹谷君の手を掴んだ。
「私、今日晩御飯の用意するよ!だから部屋に待ってて良い?」
8時なら一日が終わるまで4時間ある。
大丈夫だ、落ち着け私。
「良いけど、悪いな」
「いいのいいの、バイト頑張ってね」
鍵を受け取り、竹谷君を見送った。
私、鈍感な男性を射止めた女です。
アピールのために、料理勉強したのでちゃんと出来ます。
ただ、アピールになっていたかどうかは分かりません。
少し手の込んだ料理を作り、せっかくだからワインも買った。
時間があったからケーキも手製。
プレゼントは元から買っていた。
後は帰ってくるのを待つだけだ。
8時に終わると言ってもバイト先まで30分かかる。
今は7時半だからあと1時間か。
フウ、と息を付いてコタツに頬をのせたところで玄関に異変が起きた。
ガチャと鍵の開く音が聞こえた。
ど、泥棒!!?
「ただいま〜」
竹谷君でした。よかったぁ。
「お、お帰り、早かったね」
「あ〜うん、店長が早く帰っていいっていうからさ」
「そうなんだ」
店長、GJ。
「じゃ料理温めるね」
「お〜、ごちそうだな今日」
「えへへ、頑張っちゃった」
嬉しい。予定より長く竹谷君と一緒にいられる。
「うまかった、ごちそうさま」
ケーキまでペロリと平らげ、満足そうに笑う竹谷君。作った甲斐があります。
「今日、泊ってく?」
さらっと出てきた言葉にドキッと反応する。
「いいの!?」
「ん、いいよ。もう時間も遅いしな」
そう言ってもまだ9時過ぎです。
でも嬉しいから、遅いってことにしておく。こんなこともあろうかとスキンケア用品は持ってきている。着替えは借りよう。
「じゃあ風呂入ってくる」
「うん」
その間に片づけてしまおう。
皿を洗い、ゴミを片付け、台を拭く。
あとはプレゼントを渡せれば十分だ。
風呂場のドアが開き、髪を拭きながら竹谷君が出てきた。
ジャージ姿です。
「着替え、好きなの使っていいから」
竹谷君はそう私に言うと、ベッドにノソノソと入り込んだ。
ええ!ちょっと待って!
「た、竹谷君?もう寝ちゃうの?」
「ああ、うん。バイトで疲れてさ。お休み」
髪も乾かさずにですか。なるほど、あなたの髪の毛はそういうことだったんですね。
バイトで疲れたのなら仕方ない。
プレゼントは明日にしてお風呂に入って寝よう。
タンスからTシャツと大きいけれどスウェットを借りる。
風呂場のドアを開けたところで、「花子」と呼ばれた。
「ちょっと、こっち来て」
ベッドに寝たままちょいちょいと手を振る竹谷君。可愛いなおい。
誘われてベッドに近づく。
竹谷君は緩慢に上半身を起こすと、私に何かを差し出した。
綺麗に包装された長方形。
「メリークリスマス」
「え、あ、嘘」
期待してなかった。忘れているくらいだし、私から渡せればいいと思っていただけだった。
なのに、不意打ち。
「気に入るかどうか分からないけど、まあ、気持ち?」
「あ、ありがとう」
「ん、じゃあお休み」
ジーンとなってしまうのはしょうがない。
だって、嬉しい。
もったいない。箱を開けてしまうのは明日にしようか。でも気になる。
そうだ、また元に戻せればいいんだ。
そっと紙を破かないように丁寧に開ける。
箱の形からするとネックレスだろうか。
これを選ぶときどんな風だったんだろう。似合うと思って買ってくれたのかな。
プレゼント用にしてくださいって言ってくれたのかな。
紙の中からシックな箱が出てきた。
それを開けると、入っていたのは腕時計。
こげ茶色のベルトの付いた小振りの時計。可愛い時計。
ゆっくりと取り出して、腕に巻いた。
いつ選んだのかな。忘れてなかったのかな。
ううん、何でもいいや。
これ、一生大切にする。
風呂から上がれば当然竹谷君は寝ていた。
竹谷君の隣に潜り込む。そこで思いついた。
自分のバックから竹谷君へのプレゼントを取り出す。
それを竹谷君の枕元に置いた。
せっかくだからもらったプレゼントを自分の枕元に置いた。
相手なんてバレバレだから意味はないのかもしれないけれど、それでもクリスマスはこういうものだと思う。
電気の紐を引き、電気を切る。
明日が待ち遠しくて、ドキドキしながら目を閉じた。
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