とある晴れた昼下がり。五年生の三郎、八左ヱ門、兵助、雷蔵(あいうえお順)の四人はろ組長屋で寛いでいた。
そんな呑気な空間に一人の人間が訪れた。

「あ、兄ちゃんいた」
軽い足音と共に現れた人間は黒い癖のある髪を揺らし、目は女顔負けの長い睫毛で縁どられている。簡潔に言えば兵助にそっくりなのだ。

「ん?太郎か。なんだ?」

にこりともせず、兵助は相手を見た。
相手は困ったように笑って、頭を掻いた。

「実は筆が割れちゃってさ。予備買っとくの忘れてたんだよね。一本貸してくれない?」
兵助はため息吐いて立ちあがった。
「今持ってきてやるから待ってろ」
「兄ちゃんありがと」
太郎は拝むように両手を合わせて頭を下げた。兵助はその頭を軽く叩いた。兵助が自室へ向かって消える。

「太郎、座っとけよ」
「ん、ありがと八ちゃん。邪魔してごめんね」
トン、と三人がいる廊下の縁ではなく内側に座る。
「別に何かしてたわけじゃないから邪魔じゃないぞ」
雷蔵が茶請けの煎餅を二つに割って太郎に差し出した。
「お茶がないから咽乾くかもしれないけど、よかったら」
「ありがと、雷ちゃん。これ醤油焼き?」
「そう。嫌い?」
「かなり好き」
太郎はニっと子供らしい笑みを雷蔵に向ける。雷蔵の手から煎餅を受け取り、一口食べた。
「うん、おいしい」
「茶、これやろうか?」
三郎が茶碗を差し出す。

「いや、三ちゃん悪いよ、そんな」
「安心しろ、兵助のだ」
「おい」

遠慮して困った笑みを作っていた太郎が三郎に真顔でツッコんだ。
「お茶はいいや。この後食堂に行く予定だから」
「あっそ。いなくなってる間に弟に茶を飲まれた兵助の反応が見たかったのに」
「確実に俺が怒られるじゃんよー。俺あの無言の圧力苦手なんだからなぁ」

太郎の頭にペチと音がするものが当たった。
太郎が見上げれば兵助が立っていて、どうやら音は筆の柄が鳴らしたようだ。

「あ〜あ、三ちゃんのせいでまた怒られることが増えた」
「気づかないお前の自業自得だよ」
ニヤニヤと悪戯好きの笑顔を三郎が作る。雷蔵と同じ顔のはずなのに全く違うものに見える不思議だ。
「急いで取りに行ってやれば人の文句か?」
「違います〜、三ちゃんの悪戯に引っ掛かったんですぅ」
拗ねたように頬を膨らませて口を突きだす。
太郎にとってこの行動は兄の怒りを少しでも緩和させようとするものだった。チラチラと兄の顔を伺う。

恐らく三郎以外の二人も兵助の存在に気が付いていたころだろう。
この中でたった一人二つも学年の低い太郎が兵助の気配に気づけないことなど知っていたにも関わらず,人の悪いことだと太郎は思った。
しかし彼らにしてみればこれもまた面白い暇つぶしに過ぎないのだろう。
「語尾を伸ばすな」
「・・・は〜い」
「返事は短く」
「はいはい」
「返事は」
「一回です!」

最後太郎が元気に言うと兵助は頷いて、太郎に筆を渡した。

「それ、やるよ」
「本当?」
「ああ」
兵助が頬笑み、太郎の顔が綻ぶ。
「ありがとう」
それを見て、座った五年の三人が優しく笑った。
太郎が八左ヱ門や雷蔵に浮かべた笑みよりも兵助に向かって笑った顔のほうが何倍も愛らしかった。

「あ、俺食堂!煎餅ごちそうさまでした!」

太郎は急いで立ち上がりできるだけ足音を立てないように走って行った。




「太郎は相変わらずお兄ちゃん大好きっ子だね」
「知ってるか?ああいうの南蛮の言葉をつかってブラコンって言うらしいぞ」
「ぶらこん?変なのな」
三人のやり取りをムスッとした顔で兵助が睨む。
それを三郎が指さして言った。
「ほら、兵助君。それ、それ。無言の圧力」
気がついたと言わんばかりにビクリと兵助の体が揺れる。

「お前頭いいから、黙々と言いたいこと頭の中で巡らせてるんだろ。口にしなさい、言葉として外に出しなさい」
説教口調で兵助にいう三郎。その姿を見て八左ヱ門と雷蔵は苦笑した。
「じゃあ言うけど、あんまり太郎からかうなよな」
ちょっと苛立ち気味に兵助は言った。三郎が噴き出す。

「安心しろ、お前の豆腐好きほどからかいがいのあるものはないから」





昼間から三年ろ組富松作兵衛は走りまわっていた。理由は言わずと知れた迷子コンビの捜索だ。
「あいつらどこ行きやがったんだ」
見渡すがどこにもいない。その代わりに別の人物を見つけた。

「太郎!!」
今まさに門から出て行こうとする同級生。それに駆け寄る。

「作〜、走らなくても待ってるのに」
「あいつら知らないか!」
「見てないよ」
作兵衛にはまたか、と言葉もないのに聞こえてきた気がした。名前を出さなくても誰のことか分かる。
「そうか」
作兵衛が項垂れる。よほど疲れているようだ。

「ごめんね、今からバイトで捜すの手伝えないんだ。終わるのは日が暮れてからだけど、それが終わったら手伝うよ」
作兵衛にしてみれば、まさかそこまでかからないよと笑い飛ばしたかったが、日ごろからそれが大げさでないことを知っているため泣きたくなった。
「たのむ」
「うん。じゃあ行ってきます」
「頑張ってこい」
太郎は手を振って門から出て行った。
できれば疲れて帰って来る太郎に手伝いなんてさせたくない。
作兵衛は頑張ろうと背筋を伸ばした。どうせだから体力の有り余っている人たちに応援でも頼もうと思ったが、色々あって諦めた。






すっかり日が暮れてから太郎は学園の門を潜った。できるだけ早く帰ろうと走ったため、息は絶え絶えである。
小松田さんを通過して三ろの長屋へ走って向かう。学園ないで探し物をしている人物には出会わなかった。
目的の部屋を外から見れば灯りがついている。ほっと一息ついた。


草履を持って廊下に上がり、戸をたたく。
「入るよ〜」
返事も待たずあけると、そこには衝撃的な場面が待ち受けていた。

神埼左門と次屋三之助が並んで正座して、正面には腕を組んだ富松作兵衛が仁王立ちしていた。

「おう、太郎。おかえり」
「なんだ、太郎。どっか行ってたのか?」
「太郎、作がなんか怒ってるんだ、どうにかしてくれ」
作兵衛が太郎を迎えた。左門と三之助がいつもと変わらない様子で太郎に話しかけた。
三之助の言葉に作兵衛が激昂した。

「お前、どれだけ俺が捜したと思ってんだ!いい加減無自覚はよせ!!!」
太郎は引き攣り笑う。
「太郎、俺もう駄目だ、挫折しそう、組変えしたい」
項垂れる作兵衛の頭を太郎がヨシヨシと撫でた。
「とりあえず、晩御飯行く?勿論、二人は縄に繋いで」
コクリと作兵衛が頷く。太郎は素早く縄を用意して二人の腰に結び付けた。
「暴れんなよ、縄解けたり切れたりするかもしれないから」
「太郎〜この縄何?」
左門が不思議そうに縄をもつ。それを見てにっこりと太郎が笑った。
「ん〜、首輪的なもの」
効果音として「アハっ」とつきそうな笑い方だった。







「八ちゃん!!」

八左ヱ門は声と一緒に背中に強い衝撃を受けた。後ろ斜め下を向くと黒い頭が見えた。
「お、どうした太郎」
「ジュンコが逃げた!」
「・・・またかぁ。分かった、即探す」

忍術学園の生き物は元気が良すぎるのではなかろうか、そんな下らない考えが頭に浮かぶ。
動物は自由にして目を離したらすぐにいなくなることくらい分かっている。

「早く見付けないと」
ジュンコには毒があるから被害がでるかもしれない。ジュンコ自身が危ないめにあうこともある。
「孫兵がいま中庭の方探してる。俺今から裏庭探すから八ちゃんは他お願い」
必死で巻くし立てる太郎。3年生は捜索活動が特技になりそうだな、二人を除いて。
「分かった。太郎は生物委員でもないのに手伝わせて悪いな」
「孫兵は友達だもん、探すの当たり前じゃん」
にっと笑う太郎の頭を褒めるように撫でた。

「じゃ俺行くから」
「おう、頼んだぞ」
走って行く太郎の後ろ姿を見て八左ヱ門は思った。

「・・・似てねえなぁ」








「兵助」
三郎は部屋の人間の返事を待たずして障子を開けた。眉を潜めた兵助が振り向いている。

「返事くらいさせろよな」
「・・・入っていいか?」
確かにまだ部屋に入ってはいないが、障子を開ける前にその言葉が欲しかった。
わざとらしくため息をつく。

「いいよ」

兵助は体を回して三郎に向き合った。三郎は自分の部屋のようにねっころがった。
いつものことなので兵助は何も言わない。三郎は肘を立てて頭を乗せている。
「勉強してたのか?」
「暇だったからな」
その答えに三郎は呆れた顔をした。
「兵助さぁ、もっとこう暇だったら友達の部屋を訪ねるとかさぁ、弟の様子見に行くとか無いのか?」
兵助はポカンとすると考えるように上を見た。そして三郎の顔に視線を戻す。
「結構お前らの部屋に行ってないか?」
「ハチに連れられてな」


兵助は頬をかいた。兵助にしてみれば自分で行こうが、ハチに連れられていこうがどちらも同じこと。
三郎がいったい何を呆れているのか全く理解ができない。
「もっとさぁ、こう、なんていうか繋がり?をさ、大事にしようとか思わないの?」
兵助は眉を寄せて首を傾げた。
「してないか?」
その疑問に三郎が目を丸くした。してるのか?

「もしお前がしてるって思うならすごく分かり難い。行動に起こさないで相手が悟るなんて思うなよ」
兵助は表情の変化が平均より少々乏しい。故に相手は彼の状態を図りかねる。忍といえば忍らしい。

「・・・それは相手に悟られる必要はないだろ」
「あるよ。・・・悪い、こういう説教みたいなことしたくて来たわけじゃない」
三郎がとても申し訳なさそうな顔をする。
「なんか用事があってきたのか?」
てっきり暇を持て余して訪ねてきたのかと思った。

「ああ。ハチがジュンコが逃げたから暇なら手伝ってだって」
「寛いでる場合じゃないだろ」
立ち上がり寝たままの三郎を軽く踏み出口へ行くよう促した。








「お腹すいたね」
「昼前に実技は止めてほしいよな。余計腹がへる」
「でもご飯が美味しいよね」
ドロだらけの兵助と雷蔵が並んで歩く。ヘトヘトといった感じだ。三郎と八左ヱ門は運悪く食事当番で授業が終わり次第食堂へ走っていった。

「あ、太郎!」
前を行く背中を見て雷蔵が声をかけた。その背中がビクリと揺れる。
ゆっくり雷蔵たちを振り返る。その顔はいつもの笑顔ではなく、明らかに困ったというものだった。
「どうかしたの?私服で」
「え、あ、その」
話しかける雷蔵から一瞬目を離してチラリと兵助を見やる。モゴモゴと要領を得ない。

「ちょっと、暇ができたから」
外に行こうと、と太郎の言葉が続くが段々と小さくなっていく。兵助のため息が聞こえた。太郎の体がこわばる。

「バイト行くんだろ?」
「・・・うん」
ハッキリと言う兵助の言葉に太郎が躊躇いながら頷いた。二人の妙な空気に雷蔵が固まる。
兵助が太郎の頭に手をのせた。

「時間が決まってるんだろ。行ってこい」
兵助が手をのける。
「・・・行ってきます」
太郎は消して気持ち良いものではない返事を残して駆けて行った。

「あのさ、気になってたんだけど、太郎は何でバイトしてるの?」
兵助はバイトなど一切していない。小遣いも家から貰ってきている。
兵助は暇な時間を勉強にあてているが、太郎は時間を見付けてはそれこそキリ丸のように働いている。
ずっと気になっていたのをきけていなかった。

雷蔵の疑問に兵助は瞳を落として答えた。
「・・・正直、家庭の事情が絡んでくるから、俺だけじゃなくて太郎にもかかわる内容だから、悪いけど俺からは話せない」

哀しそうにする兵助を見て、雷蔵は自分たちを振りかえった。
自分たちの家庭のことなどあまり話したことなど無かった。
持ち物や生活習慣などからそれぞれの身分を窺い知ることはできるものの、あえて皆そのことについて触れていなかった。
それは、身分差のあるこの社会でそれぞれが友人としているための予防線だったのかもしれない。
この話を聞けば、その線は千切れてしまう。
怖くて、雷蔵は兵助に何も言うことができなかった。







「ということがあったんだけど、どう思う?」

数日間、雷蔵は一人この出来事について考えていたが、苦しくなって三郎と八左ヱ門にすべてを話した。
「どう思うっていってもなぁ、まあ確かに気になるけど」
八左ヱ門が唸るように考える。
寝そべっている三郎は白けた顔をしている。

「ほっとけよ。別に何も問題があるわけじゃないんだ」

フンと鼻を鳴らして雷蔵を見上げた。
「でも、なんかあの二人の空気普通じゃないよ」
雷蔵としては久々知兄弟のやり取りを見て、不安でしかない。何が不安なのかと聞かれれば答えようがないのだが。
「兵助が言いたくないって言ってんだから聞くな、詮索するな。家庭の事情があるんだ。
それを私たちが関わるべきではないし、その権利もない」
きっぱりと突き放した言葉を雷蔵に言う。それに雷蔵は眉を寄せる。
「三郎は気にならないの?」
三郎は体を起こして胡坐をかいた。

「雷蔵、それ野次馬だぞ」

冷たい目で三郎が言う。雷蔵の頭に血が上る。息を吸って言葉を吐く。
「なんでそんなこと言うのさ!友達だから気になるんだろ!?」
「友達だからってなんでも知るのか?友達と思うなら、相手の意思を尊重するべきだ」
「三郎は兵助のあの顔を見てないから!!」
淡々と冷たいことを言い放つ三郎に不満がたまる。

ここで八左ヱ門が止めに入った。
「止めろよ、二人とも。喧嘩するとこじゃないだろ」
喧嘩の内容は兵助について。それを笠に二人が喧嘩するべきではない。
喧嘩すれば確実に兵助は負い目を感じてすべてを話さなければならなくなる。それは兵助の選択じゃない。
「あの兄弟は異常だ。それに触れようとは思わない」
異常、その言葉に雷蔵が反応する。
「異常?どこが?仲良い兄弟じゃない」
「太郎とかめちゃくちゃ兵助が好きだしな」
二人の反応に三郎がグニャリと顔を歪めた。

「何言ってんだ。気づかないのか?」

二人は分からないとばかり首をかしげ、三郎を見つめる。
「あれは兄弟って空気じゃねえよ。近所の兄ちゃんと遊んでもらって懐いてる子どもだ」
「そんな」
「あの二人は嘘くさい。兵助も太郎もいいやつだし、お互い大事に思ってるのは分かる。
けどあの二人は一般的な兄弟を具現化しているだけで、あの二人の関係じゃない」

悲壮な顔をする雷蔵と八左ヱ門。その顔を見て三郎は嫌な顔をする。
三郎が二人の関係に気づいたのは彼が変装の名人で、人間の特徴を敏感に感じることができるからだろう。
三郎はずっと前からおかしいと知っていた。
しかし今までそれを指摘しなかったのは彼がすべきではないと判断したからであるし、彼が友人との関係を尊厳したからであった。

「私も、お前たちも今まで二人の関係をどうしようともしなかったんだ。今さら気になるから調べるなんて、虫がよすぎるだろう」
雷蔵は、友達友達と言葉を使いながら兵助の空気に気づきもしなかった自分が嫌になった。
「そう言うな三郎。気づいたんだ、いいじゃないか。
兵助のことがそこまで分かるんだ、同室の雷蔵に野次馬な考えがないことぐらいお前なら寝ることより簡単にわかるだろ」

八左ヱ門がこの空気に似合わない声を出した。この空気を変えたくてわざと軽い口調を使っているのだ。
「俺たちはさ、今まで距離を自然と取ってたし、それがやりやすかったし、良いと思ってた。
でもよ、変わらないでいる必要もないんだ。近くにいるんだ、相手の顔がよく見える分、不安な顔、哀しい顔してたら気になるだろ」

三郎は歪めていた顔を無表情に戻した。雷蔵は失望した顔から呆気にとられた顔をする。

「兵助の中に哀しいって思うことがあるんだ。それ何とかしようぜ。もし解決しなくても哀しいのを分担しよう」

ニカっと八左ヱ門が明るい笑みを浮かべた。雷蔵はふんわり頬笑み、三郎はニヤリと笑った。

「ハチはさ」

笑ったまま三郎が言う。
「なんか悟ってるっぽいな」





三人で話し合った結果三郎が兵助に、雷蔵八左ヱ門が太郎に聞き込みをすることになった。

「何て聞こうか」
「直球でよくないか?ほら太郎来たぞ」
「うん」

二人の視線の先で太郎が歩いていた。顔だけなら兵助にそっくりだ。
「太郎!!」
八左ヱ門が手を上げて太郎を呼んだ。太郎はにっこり微笑んでそれに応えた。

「二人で何してんの?」
太郎は二人に駆け寄った。
「何ってことはしてないんだ。ただちょっと立話を」
「変なのー」
かすかに声を出して笑う。

「変か?まあいいや。あのさ、太郎に聞きたいことあるんだ」
「何?」

笑ったまま太郎は首を傾けた。雷蔵も八左ヱ門もさすがに少し躊躇った。八左ヱ門が一度頭を振った。
「あのさ、兵助と太郎って似てないよな」
その言葉に太郎の笑みが凍った。徐々に顔が無表情になる。
太郎は一度雷蔵を見て、視線を外し困ったようにこめかみを掻いた。
雷蔵は心臓が飛び跳ねるのを感じた。太郎の顔は何も映していないのに、目だけが雷蔵を責め立てたように感じた。

「俺に聞くってことは、兄ちゃんに聞いてないのか、もしくは聞いて話すのを断られたんだよね」

何も返事ができない。太郎は無言を肯定と取った。そしてそれは間違っていない。
「兄ちゃんが八ちゃんたちに言ってないのなら、たぶん教えたくないんじゃないかな。
俺は別に聞かれても構わないけど、八ちゃんたちは兄ちゃんの友達だもん。兄ちゃんが話さないのに俺が話すわけにはいかない。それにね」

兵助は苦笑いして二人を見上げた。

「すっごく面白くない話なんだよね。聞いても不快感しかないと思う。聞いても得はないよ」

太郎は自分の状況をそうスッパリと言いきってしまう。
その言いようは、さっき読み終わった本が面白くなかったと語るようであった。
面白みのない話だからお勧めはしないと。そこにはまるで自分という存在を感じさせなかった。
「もし聞きたいなら兄ちゃんに聞いて。俺が聞かれたくないと思っているって言われたら俺が話しても構わないって言ってたって言って。
そしたらきっと話すから。あ、でも兄ちゃんが話したくないって言ったらそれ以上は聞かないでね」
「太郎、いいの?」
雷蔵が控えめにそう聞いた。

「構わないよ。大した話じゃないんだ、むしろよくある話だよ」
軽く言うと、太郎は走って行ってしまった。
その背中がどうしても強がっているようにしか見えなかった。

「どうする、八左ヱ門」
「そうだな、とりあえず三郎の結果を待つしかねぇかな」
「うん」
自分たちはとても悪いことに足を踏み込ませてしまったのではないか。そんな罪悪感が心を占める。





三郎はまた兵助の部屋を訪れて、寝そべっている。
特に何をするわけでもなく、横たわったままだ。兵助は本を読んでいる。
三郎は幾度か寝返りを打つと兵助を見た。少しすると兵助は見られていることに気がついて、本から顔を上げた。

「・・・何?」
「いや、太郎と瓜二つだと思って」
「兄弟だからな」
素っ気なく当然のように言う。俄かにだが、嬉しそうにも見えた。
「兄弟でもそこまで似てるのは珍しいよな。父親と母親どっち似?」
少し間が空く。

「・・・父親だよ」

少し声が落ちる。
「へぇ、でも性格は全く似てないよな」
「兄弟ってそんなもんだろ」
三郎は目を細めた。兵助は居心地が悪そうにする。
「私が太郎を知ったとき、他人のそら似かと思った」
兵助が眉を寄せて三郎を見る。

「確か太郎は入学してから暫くは名字が苗字が久々知じゃなかったよな」

兵助は目を見開いた。

「お前、一年の名前完璧に覚えてるのか?」
「まさか、あんまりお前に似てるもんだから、からかったりできるかなって覚えてたんだよ」
三郎が鼻で笑うように言い放つ。
「その暇もなくお前に紹介されて驚いたんだ」
兵助は人差指で頭を掻いた。
「そこまで知ってるなら、検討はつくだろ」
「・・・」
「俺は別に構わないんだ、お前たちなら知られても」

表情が苦い。三郎も神妙な顔をする。
「でも太郎に深く関わってるんだ。俺の考えで話せない」
「ああ、そう言うと思ったんだ」
三郎は軽く笑った。
すぐに思い出したように口を開いた。

「そう言えば雷蔵が『もうすぐ返却日だから忘れないで』って言ってたぞ」
「三郎はお使い係なのか?」






三人は三郎雷蔵の部屋で円を作って座っていた。

「どっちも聞かれても構わないって思ってるんだな」
「じゃあ今度は入れ替わって聞きに行くってことでいい?」
「それが妥当だな」
スイスイと次の計画を立てる。正しくは最初計画を立てた時に予定したものを再確認しているだけだ。
三人で頷いて、次の実行が決まった。二人がお開きにしそうな空気になって三郎が手を上げた。

「ちょっといいか?」
「何?」
二人が三郎を見る。
「私の勘違いかもしれないから黙っていたんだが、確証がとれたから話す」
八左ヱ門が聞き逃すまいと上半身を前に傾ける。
「兵助と太郎は父親似らしい」
二人は頷いた。

「そして太郎は入学当日苗字が久々知ではなかった」
今度は頷かない。
「意味、分かるか?」
雷蔵は首を傾けて頷いた。八左ヱ門はボケッと口を開いている。八左ヱ門よりも少し分かった雷蔵が口を開いた。
「ええっと、両親が再婚したってこと?」
雷蔵の答えに三郎が首を振る。
「それだと二人の顔が似ている説明がつかない」
「もったいぶるなよな」
八左ヱ門が拗ねた。三郎がため息を吐いた。

「私も考えたんだ、お前たちにも考えさせたいだろ?」
「いいから教えろよ」
「しかたないな。今から言うことはあくまでも推測だからな」
二人が頷いた。

「まず、お前たちも知っているとは思うが、兵助の家は裕福だ」
身の回りの物、仕草などからだいたいの身分は伺い知れる。兵助からは一般家庭よりも裕福だと予想できた。
「そして二人は父親似である」

それは三郎がもたらした情報だ。
「太郎は別の苗字だった。このことから」
グイッと二人が三郎に近づく。

「兵助と太郎は母親が違い、また兵助は本妻の、太郎は側室の子であると考えられる。
学園入学後何らかの理由により、太郎は本家に入ることになった。だから苗字が変わった」

二人は考える。
「ちょっとこじ付けな気も」
「側室の子でも父親の苗字は使えるだろ」
「だからあくまで推測。あとまだちょっと考えがある」

厳しい反応を返す二人に三郎は新しい話題を出す。

「太郎の苗字が変わった何らかの理由な。確か兵助が忍になると明言したのは三年の時だったよな」
「あ、でも、まさか」
雷蔵が思いついたもののそれを否定した。
「兵助は跡目を拒否した、もしくは継げなくなった。だから太郎は本家に入り、跡目を継ぐことになった。どうだ?」
「いや、どうだって言われても」
「兵助が自分の拒否したものを弟に被らせる真似をするとは思えない」

「太郎が嫌がってないとしたら?」

雷蔵と三郎が意見を交すが、八左ヱ門が頬を掻いて疑問を投げ掛けた。

「じゃぁ何で太郎はバイトしてるんだ?」
「・・・あ」
「・・・」

結局何も分からないまま、お開きになった。


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