15話





「あ〜、久々知君と不破君が数えてる」
甲高い誰かの声が、私の脳を刺激した。
久々知君くん不破君がいる=勘右衛門がいる!!

ここで行かねば私の名が廃るのよ!!!

私は即座に立ちあがった。隣にいた友達は呆れた顔をした。
ごめん、なんて言ってやらないわ。この間の恨み、忘れた訳じゃないんですから。
「因果応報!!」
私はそう言って勘右衛門の元へと走る。
私がいなくなって少しは寂しがればいい。
うん、分かってる、そういう奴じゃないってことは。
・・・むなしい。





部屋から出てきたのはいいが、どうしよう。
数えてるってことは鬼ごっこか、かくれんぼか、その類。
勘右衛門は今回逃げ役か。鬼より早く見つけなくては。
必死な顔の勘右衛門が見られない!!

と、言っても長年勘右衛門を追いかけまわしている私だ。
帰巣本能のように勘右衛門の位置を把握できる、気がする。
たぶん、目を瞑っていても辿り着くんじゃない?

と、言うわけで私は一応色々考えながら気の向くままに歩きだした。
鬼から逃げているってことはどっかに隠れようとするはず。でも、そこは忍術学園五年生。
たぶん屋根裏や軒下にはいない。いるなら屋根の上か、木の影、建物の影、池の中っていう可能性もある。
とりえず、人気のないところを目指して、建物の裏側を覗くがいない。

本能って意外と役立たず。



「だから、ちょっと距離を置いてくれたらいいの」
「うちらも話しかけづらいのよ」
猫なで声のそれは、拒否を許さないものだ。
知っている。これ、あれだ。呼び出し。
確かに人気はないけど、せめてくの一の敷地内でやれよ。

「どうして私がわざわざそんなことしなきゃいけないの。別に私がいても話しかければいいでしょ。私は話しかけるななんて言ってないわよ」

げぇぇぇぇ。
この声、良子じゃん。何やってんの?何でわざわざ煽ってんの、あの子。

「あんたのそういう澄ました態度が気に食わないのよ!!」
ああ、ああ。もう、嫌だ。
でも竹谷君に先日ああ言われている。
人の目なんてどこにあるか分からない。ここで私がこれを知らぬふりをすれば、竹谷君の耳に届けば・・・最悪。
ウンザリするけれど、頑張らなければならない。
どうせだし、良子に恩でも売って勘右衛門の情報を教えてもらうのが堅実的だ。

私は重たい足を地面に擦りつけながら歩く。
壁の向こう側にいたのは確かに良子だった。その他、同級生三人。せめて後輩だったらどうとでもできたのに。先輩の方がまだまし。よりによって同級。

「あんたが誑し込んでなきゃ、私だって!!!」
「ちょっと」
声を荒げる相手に声をかけると、後ろ側からだったからか、相手はひどく驚いた。
私だと分かってホッとする三人。
「花子、邪魔しないで」
鋭い目つきで睨まれる。
私だってしたくないわ。
私は一つため息を吐いて、地面を指さした。

「ここ、くの一の敷地じゃないよ。あんたら声でかいから、他の人に見つかったら面倒なのはあんたら。もし、先生やあんたらの好きな人、もしくは忍たま六年だったらどうするの?言い訳効かないんじゃない?」

私の言い分に相手は押し黙る。正論なのだから必然。
その三人に私は軽く笑いかけた。これも処世術。
「これは見なかったことにするから、部屋に帰って落ち着いた方が良い。大丈夫、私以外は誰も見ていない」
不確かだけど。
三人はお互いの顔を見たり、私を見たりしてうろたえている。
完全に良子は空気だ。

竹谷君、これで満足ですか?

「悪かったわ、花子。あんたの言うとおり、部屋に帰る」
「それがいい。あんた疲れてそうだから、ゆっくり休んで」
一人がそう言うと、三人の足取りはくの一長屋に向かいだした。
あ〜、丸く収まった。でもこれ何回も使える手じゃない。私が良子の味方だと広まれば、私にまで逆上してくるはずだ。

私は固まっている良子を見た。

「あのさ、良子。気丈なのは良いし、あんたの個性かもしれないけど、時と場合を考えなよ。喧嘩売り返してどうすんの?笑顔でなあなあにすることだって出来るのよ?」
良子は融通が利かない。頭も良いし、理解能力もあるし、人の話だって聞くけど、今回みたいに相手の言い分が不当な時は絶対に折れない。今日は最初優しくは言っていたのだから、少しくらい笑って「そうね、ちょっとかんがえてみる」とかなんとか言っとけば丸く収まるのに。

「良子、あんたも部屋に戻って、少し」

それ以上何も言えなかった。
だって良子、いつの間にか泣いてたから。
手で涙を拭うこともなく、顔を覆うこともなく、ホロホロと泣いた。
くそっ、美人は泣いても美人だ。
「ちょ、何泣いてんの?」
涙を流しながら私をまっすぐ見る。ああ、何か悪いことした気分。

「私、何かしたのかな?」
むしろ私の台詞なのですが。押し込めたような声は良子が弱くなっている証拠だ。
良子は一度唇を噛むと、また口を開いた。

「私、何か悪いことした?」
知らない。私は良子に何かされたわけじゃないけど、彼女たちはもしかするとされたのかもしれないし、されてないのかもしれない。それは私にはわからない。

「私の何がいけないの?」
分からないよ、そんなの。私に聞かないで。

「良子!!」

反対側から人影が現れる。
私を見て目を見開いて驚いている様子は素敵だ。
ただ、そのあとすぐに眉を吊り上げて睨まれる。
男らしい表情は嫌いじゃないけど、私に向けないで欲しかった。

「田中、どうしてお前がっ!!」

勘右衛門は確かに近くにいたのだ。



本能って意外と侮れない。


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