13話





「くっそぉ、奴め」
授業中、実技で失敗を犯した。
故に先生から道具の片づけを命じられた。
そして私はいつも通り友人を頼った。
いつも通り、友人は手を振り払って逃げた。

・・・友情ってどこですか?

ちょっとくらい手伝ってくれたって良いじゃないの〜!!
一人で片づけている様はまるで虐められているようだ。
因果応報で私だって困ってるときに助けてやらないんだから。
まあ、奴は優秀だから、私が手伝ってやることなんてないんだけれど。




道具をしまうと、すでに日は暮れていた。
一体どれだけ片すのに時間かけてるんだよ。
「疲れた〜」
もうこの場で横になりたいが、まだ夕食をとってない、そしてここは外だ。
土の上に好んで寝る趣味はない。
だるい体に鞭打って、私は食堂に向かったとさ。
あ、なんか終わりそう。





「おばちゃ〜ん、B定はありますかぁ?」
カウンターに寄りかかるように立つ。
時間帯が少し遅いせいか、食堂内の生徒数は少ない。
「ごめんなさいね、B定はもう売り切れちゃったの」
「あ、そうですか。じゃあ、A定は?」
「A定はあるわよ〜」
「じゃあ、A定で」
B定の方が良かったけどないなら仕方ない。

「はい、花子ちゃん。お残しはゆるしまへんで」
「いただきます」
おばちゃんからお盆を受け取り、誰も掛けていない席に座る。
念のため食堂内を見渡すが親しい顔がない。
一人で食事をとるのはやはり少しさみしいものである。
話し相手がいないので、モグモグと口を動かしては箸を進める。
おばちゃんの料理は間違いなく美味しいのだけれど、一味足りない気がする私は間違いなくウサギさんレベル。
・・・ウサギ、良いかもしれない。
「花子ちゃん、ごめんなさい」
「へ?」
おばちゃんが調理場から出てきた。

「これ、お醤油入れておくの忘れてたわ。本当にごめんなさいね」

私の盆にコトリと醤油瓶が置かれた。
そっか、ウサギさんでも何でもないんだ。でもこれは、私の舌が優秀だってことだよね!

・・・むなしい。






「腹減ったぁ、おばちゃん。B定ある?」
「ごめんなさいね、B定はもう売り切れちゃったの」

デジャヴュ。

「そっかぁ、じゃあA定は?」
「A定はあるわよ〜」
「じゃあA定で」
今おばちゃんと話しているのは、竹谷君だ。
元気がいいなぁ。
あ、私今ちょっと老けてる。

「あ、田中さん。ここ座っていいか?」
お盆を持った竹谷君は私を見つけて、わざわざ近くまで来たどころか、一緒の席に座るらしい。
「どうぞ?」
寂しいと思っていたのだから、丁度良かった。
竹谷君は私の向かい側に座った。
両手を合わせて「いただきます」と言った後、箸を握る。
「なんか変な感じだよな?」
「何が?」
竹谷君はニッと笑う。
あの五年生6人組は絶対に笑顔を得意武器としているに違いない。
「田中さんと毎朝会ってるのに、こうして話すの初めてだから」
嫌味?
というわけではなさそうだ。
私は別に無視しているつもりはない。ただ良く知らないくの一に挨拶とかされても困るかな?という気遣いで勘右衛門のみに挨拶しているだけだ。

「えっと、ごめんなさい」
とりあえず、人間関係を円滑に進める方法その1、謝罪する。
「なんで田中さんが謝るんだ?」
竹谷君の盆の上を見たら次々とおかずが無くなっていく。男の子ってよくこんなに食べて太らないよなぁ。私なんて、一応食事制限してるのに簡単に増える。
「いや、もしかして無視してるとか思われてるのかなって」
「ん?無視って言うより、勘右衛門以外見えてないって感じだよな」
カッと明るい笑顔だが、余計申し訳ない気持ちになる。
「悪気はないです」
「悪いなんて思ってないよ。すごいなって思う」
「はぁ」
すごいと言われても、何が?

「二年からずっと実習じゃなきゃ毎朝だろ?必ず俺らより先にいるもんな。熱が出てるのに来てたことあるって聞いたんだけど、本当?」
「まぁ、何度か」
誰が言ったんだ?
「俺はまだそこまで人を好きになったことがないから、すごいって思うよ」
シミジミと言われたが、そんなにすごいと思ってもらうことではない。
だって私は勘右衛門の顔が見たくて毎朝起きているのだ。
私の世界は勘右衛門を好きな私を中心に回っているのである。

「勘右衛門を好きになった理由とか聞いてもいいか?」
卵焼きを切りながら竹谷君はチラリと私を見た。私は頷く。
「別に大したことはないの。ただ初めて会った時の笑顔が可愛くて、それで一目ぼれ」
ごくごく一般的な始まり。特別なことなんて何もない。
「一目ぼれで今まで続いてるってのは珍しいな」
「そう?私の男を見る目が良いってことね。勘右衛門は笑顔だけじゃなくて、性格も優しくて、明るくて、思いやりがあるから」
竹谷君の目がキョトンとする。何か文句でも?

「ゾッコンだな」
「うん、ゾッコンよ。でも恋ってそういうものでしょ」
竹谷君とこんな話をしているのは奇妙だが、嫌ではない。
「そういうもんか」
納得したように竹谷君は頷いた。


私も竹谷君ももうすぐ食べ終わる。
私の方が断然食べ始めるのが早かったのに。
「ところで、朝三郎が田中さんと話すようになった理由とか聞いてるか?」
話が切り替わった。さっきから人の話しかしてないなぁ。私と竹谷君の共通点ってそれくらいだから仕方ないか。
「朝暇で、私がいつも定位置にいるから暇つぶしに丁度良いってことを言われたけど。何か他に意味があるの?」
正確にはもっと丁寧な言葉で言われたはずだが、概ねそう言った意味だ。
竹谷君の様子では、ちゃんとした理由があるのだろうか?
「俺らには田中さんの変装ができる気がしないから、興味がわいてって言った。言ってること違うな。本人には言いにくかったかな?」

竹谷君は苦笑するように眉を歪めた。
変装ができないは本人に言い難いことなんだろうか。学園一の変装の名人が私に変装できる気がしないとは、私はそんなに変な人間なんだろうか?


竹谷君はお箸を置いてお茶を飲んだ。お皿の上は綺麗に片付いている。
いつの間にか負けていた。ちゃんと噛んでいるのかしら?
ちなみに私は美容のためにちゃんと噛んでます。
竹谷君は湯飲みを置くと、私をまっすぐ見た。逞しい顔立ちに笑顔はない。

「田中さんは勘右衛門しか見てないから、安心できるよ」
「どういうこと?」
「田中さんにお願いがあるんだけど」
「何?」
こんなにまっすぐ見つめられては断れる気もしない。
真剣味を帯びた空気に怯む。鋭い目つきは私の目を捉えて離してくれない。

「良子のこと、気にかけてやってくれないか」
「良子を?」
「知ってると思うけど、良子はくの一教室であんまり良く思われていない」
うん、知ってる。何度もそういう場面に出くわしているし。
そして私が知っていてそれらを止めなかったのは事実だ。そんな人間に頼んで良いものか?

「私が諸悪の根源かもよ」
そう言う意味を込めて竹谷君に言葉を投げたが、それは笑顔で包み込まれた。
「大丈夫だよ。田中さんは勘右衛門にゾッコンだから」
冗談めかして返される。
私も箸を置いて、一口茶を含んだ。温くなったお茶の味は微妙だ。
「ゾッコンだから危ないでしょ」
良子に精神的な危害を加えるのは、残念ながら一緒にいる彼らに好意を抱く者がほとんどだ。少しだけ良子の成績や体型を妬むものもいるが。
それを分かっていて私に頼むか。

「田中さんは純粋にゾッコンだから、勘右衛門が良子を傷つけたくないことを知ってるよ」

その発言につい反応してしまった。
竹谷君、爽やかな顔して意外とずるい。
そう言われてしまえば、世界の中心が勘右衛門を好きな私である私は、良子を守らざる負えなくなる。
「容赦ないな、竹谷君」
「良子は大事な仲間だからな。どうにかしなきゃってずっと考えてたんだ」
ニコニコと言ってのけるが、こっちは笑ってられない。
「田中さんと話せてよかったよ」
予想外だ。
まさか下心があるなんて、あの笑顔じゃ思わない。
竹谷君が盆を持って立ち上がる。話は終わったらしい。

「私、何もしないかもよ」
傷つけない、助けない。今までの状態と変わらない。
竹谷君は今までとは違う笑顔を浮かべた。


「それならそれでいいけど。もしかして田中さんは知らないかもしれないけど、俺、勘右衛門と友達なんだ」

それは知りませんでした、なんて返せるはずもない。

「最悪だ」
「頼んだ」

いつもの軽快な笑みに代わって、足取り軽く出て行った。
まさか、あの竹谷君が人の恋心を利用するとは。



人が大切な人を守るときの他人への容赦のなさを知った日。


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