11話





 正直言って、くの一教室にいることが辛い。特に何かをした訳でもないのに、陰口、妬み、嫌がらせをされるから。
最初にいた友達は何故か他の空気に流されて私と離れてしまった。
私に一体何の問題があるのか。言われることは、美人だからって、頭が良いからって、体が細いからって、近づきすぎなのよ。
何に近づきすぎかというと、友達忍たま五人。
美人で何が悪いの?頭が良いことはいけないこと?体が細いって、太らない体質なことが何?
くの一教室で友達ができないんだからしょうがないでしょ。私は五人に近づくなとも、話しかけるなとも言ってないのに。

勝手に邪推して、自分たちが行動しないことを私のせいにする。






教室に入ろうとして、中から騒がしい声が聞こえてきた。
「本当、良子って嫌味なくらいできすぎよね」
「私だってあれくらい美人だったら、男も寄ってくるわよ」
「私この間良子のせいで竹谷君に睨まれたんだから」
「え、ひっどい」
・・・何で私のせいなの。私が何した?あれは、あんたがベラベラと口を開いてあれこれ私のこと言ってたせいでしょ。責任転嫁も甚だしい。
ズキズキと胸が痛む。

「ねぇ、花子も良子邪魔だと思うでしょ?」
中に何人いるか知らないけれど、出てきた名前にため息を吐く。
だって彼女は勘右衛門好きの筆頭。私を嫌いなことは明らかだ。

「は?」
綺麗な音ではなかった。少しくぐもった感じの、何か咥えて出した声のようだ。

「ごめん、餅に集中していたから聞こえなかった。何?」
餅か。人が外でこんな思いをしているのに、餅か。

「あんた勘右衛門のことすっごく好きじゃない?」
「うん」
「良子が邪魔だって思うでしょ?」

「思わないけど」

「え?」

え?

「だから、思わないって。私は」
予想外の答えに驚く。
だって彼女の勘右衛門好きは知らないものはいないだろうと思われるほどすごいのだ。
それだけ好きな相手の近くにいる私を邪魔だと思わないと。
周りの人間は皆邪魔だと言っているのに。

「何で、思わないの?」
中にいる人間も何故思わないのか気になったのだろう。
「だって、私別に良子に邪魔されたことないし。ちゃんと勘右衛門に毎朝挨拶してるよ」
確かに彼女は毎朝勘右衛門の前に現れて、爽やかに挨拶をしていく。勘右衛門は怯えているが。
当然、邪魔したことなどない。
「でも、良子がいることで近づきにくかったりするじゃん」
どうしても花子ちゃんの中に私が邪魔だという印象を与えたいらしい。
しつこく質問は繰り返される。
「そんなのしたことないけどなぁ。良子がいようと、誰がいようと勘右衛門がそこにいれば良いもん。あ、でも、ご両親とかがいたらちょっと近づき難いかも。緊張して」
「両親ってあんた想像が飛躍しすぎ」
「でも、将来的にあり得ないことじゃないよね?」
いつの間にか私の胸の痛みは軽くなっていた。

「あと、色々あんまり言わない方がいいと思うよ?五人の誰かに好かれたいなら。一体皆が良子に何されたか知らないけどさ」
私を庇うような言葉に驚愕する。そんなことをすれば彼女の立場が悪くなる。

「五人はさ、良子のことちゃんと好きだよ。恋愛感情とかじゃなくてもさ。好きな人の好きな人、悪く言っちゃ駄目だよ。自分が好きな人を否定しちゃうよ」

冷静な声に驚く。さっきまでふざけたように言っていたのに、空気がガラリと変わった。
「私、良子のこと勝手にライバル視してるけど嫌いじゃないよ。あの体つきは腹立たしいことこの上ないけど」
腹立たしいんだ。

「良子が嫌な奴なら、勘右衛門が隣にいるわけないもん」

やけに柔らかい声で花子ちゃんは言った。
私はいつの間にかしゃがみこんで腕に顔を伏せていた。
目が熱くなって、頬に熱いものが零れていく。
鼻水まで出てきて、ズビズビと啜った。
くの一教室で初めて、自分が肯定された気がした。




これがもう二年も前のこと。
あの後、花子ちゃんは特に立場を悪くしなかった。
ついでに私への陰口もちょっとだけ、減った気がした。
といっても、もう二年経つからその効力を失っている。
むしろ年を取った分だけ、やることが派手になってきている。
呼び出されることも少なくない。陰口を叩かれるのとどちらが辛いだろう。
直接届くからこっちの方が痛いかもしれないけど、言い返せる分だけマシかもしれない。
ただ、呼び出した相手は総じて興奮しているためこちらの正当な言い分も撥ね退けられる。
相手は絶対に手は出してこない。なぜなら私の実技の成績の方が優秀だからだ。真面目に授業をこなしている特典だと思っている。

救いは、今まで一度も呼び出しの場面に花子ちゃんが現れえていないこと。






「良子、何笑ってんだよ」
「え?」
縁側でくつろいでいたら、一緒にいた五人が不思議そうな顔して私を見ていた。
「ちょっと、思い出し笑い」
一人でニヤニヤしていたと思うと恥ずかしくて誤魔化しに笑って見せた。
三郎が目を細めた。


「良子ってばエッロ〜い」

「は?」

ニヤニヤと笑う三郎から意味のわからない言葉を投げかけられた。
「思い出し笑いするやつはエロいらしい」
何だその根拠のない話は。
「思い出し笑いなんて誰だってするでしょ!!」
今度は別に恥ずかしさで声を荒げた。

「一体三郎はどこでそんな変な知識を覚えてくるんだろうね」
雷蔵が茶をすすって、至極真面目にそう言った。八左ヱ門がそれに乗る。
「そりゃ、三郎が通っているエロいところだろ」
「へ〜、三郎は夜な夜な抜け出してそんな所に」
兵助も特に感情を含まずそう言う。極めつけに勘右衛門が笑顔で口を開いた。
「三郎ってばエッロ〜イ」
「謂れのない話で私の品性が汚されるのは遺憾だ」
三郎は怒るでもなく、平然とそう言った。
隣を見れば、勘右衛門と目があった。

「ん?」

何?と首を傾げられる。
頭の中に言葉が一つ思い浮かぶ。


『良子が嫌な奴なら、勘右衛門が隣にいるわけないもん』

つい、口元が緩んだ。
「勘右衛門は良い奴だ」
「は?」
脈絡もなく言った私の言葉は訳が分からないだろう。
でも、それでいい。
勘右衛門が良い奴であることを保証するのは、私ではない。



『好きな人の好きな人、悪く言っちゃ駄目だよ』


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