そう僕がスガワラに尋ねると、スリザリンってやっぱちょっと怖いんだなあ、と小さく呟く声がした。ヒナタ、聞こえています。
「その“ハリポタ”のことなんだけどな。この世界では世界中の人に広く読まれている児童文学がある。児童文学って言っても年齢なんて全然関係なくて、世界的な社会現象まで起こしたほどの超人気作品! 史上最も売れたシリーズ作品で、もちろん俺もその本――ああ、日本語版なんだけど――は持ってる」
イギリスの作家によって書かれたファンタジー小説なの。黒髪の女性が小さいけれどよく通る声で補足をした。僕と同じ国の人間、ですか。
「それが“ハリポタ”だと?」
「んだ! あ、でもそれはあくまで日本での通称かな。――“ハリー・ポッター”、それがそのシリーズの名前」
「...Harry Potter?」
スガワラの口から出てきたのは人名。思わず復唱した後に、重なりあった木の葉が揺れるようにザワリと何かが胸の中に生まれた。
「……ポッター」
「主人公の名前がシリーズの名前になってるんだ。その男の子が魔法を学び、悪と立ち向かう……ってのが大まかな内容なんだけど」
何か得体の知れないものが、足音を隠すわけでもなく這い寄ってきているような不快感。いつも闇の帝王の傍にいた蛇――ナギニと呼ばれていた――よりもずっと恐ろしく思えて仕方がない。しかし、得体の知れないとは言ったものの、勘づいている自分も存在する。ホグワーツ。イギリス。ポッター。魔法。悪。……ああ、やはり。
「――その男の子とやらが魔法を学ぶ場所が“ホグワーツ魔法魔術学校”というわけですね」
思っていた以上に静かな声がでた。もとより淡々と話してしまう癖があるせいか、ろくに会話もしたことのない他人にも冷たいと言われることが多かったのは事実だが。まあ実際闇に傾倒した以上、僕はあたたかさとは無縁だろう。
「えっ、あ、おう。そう、なんだけど……」
「そうなんだけど……?」
「いや、流石だなと思って。スリザリンってそういう人ばっかなのか?」
「さあ。けれど自分が物語の中の人物だと言われて驚かない人間はいないでしょう。これでも人並みにショックは受けていますよ」
そうは見えないなぁ……。アズマネは弱々しい笑みを浮かべる。
「しかし僕の知るポッター家にそんな人物はいなかったと思うのですが」
「えっ、ハリーを知らないのか!?」
有名なのに! と、ヒナタが
「“ポッター”で僕が知っているのは二学年上のグリフィンドール生、
ハリーなど聞いたこともありません。そう言って肩をすくめて見せるとヒナタは、それ! と僕のほうをビシッと指さした。スガワラやその他の“ハリポタ”を観たことのあるらしい人たちも一驚を喫した表情を浮かべている。まさかの親世代だったか、とダイチがよくわからないことを呟いた。
「それ……とは?」
「こら、ヒナタ。人を指さすな〜」
「あっ、す、スミマセン!! 呪わないで!」
「……指をさされたくらいで呪いをかけるほど小さな器は持った覚えがないのですが」
数歩下がって変な構えをとったヒナタ。戦闘態勢をとっているつもりなのでしょうか、と腰の引けたその様子を見て呆れが滲む。
で、“それ”とはなんです? 避難モードのヒナタにかわってスガワラに尋ねると、ジェームズの子供がハリーなんだ、との答え。ああ、だから親世代と呼ばれているんですね。
「子供……あの人の? リリー・エバンズと結婚したのは知っていますが。となると作中でスリザリンは敵対寮として書かれているんでしょう?」
どんな物語においても障害は必要不可欠だ。実際問題、衝突が多いため、むしろ仲良しこよしで書かれていたら鳥肌がたってしまう。
「あー、まあそういうことになるなぁ。ハリーもグリフィンドールだから」
「父になってあの傲慢さはなおっていますか? リリー・エバンズの影響で七年生の時には多少マシにはなっていましたが……僕にはあの人がそう簡単にいい父親像に近付けるような人物だとは思えませんね」
はは……厳しいこと言うなあ。ジェームズ・ポッターの話をした僕にアサヒが眉尻を下げた。
「僕も人のことを言えるような性格ではないですが、あの人のそれには敵いません。それで、ハリーはどちらの影響を強く受けたんです?」
あー……そのことなんだけど。僕がスガワラに尋ねると、どうやらスガワラは返答に窮したらしい。不明瞭な言葉を口にして視線を一度床に落とすと、数秒の後再び顔をあげた。
(「ジェームズもリリーもハリーが一歳の時に亡くなってるんだ」)