あまりに有名なその説話は胡蝶の夢と呼ばれ、人々はふとしたときにそれをぼんやりと思い出しては、終わりのない思考へと身を委ねるのだ。
聖28一族に名を連ね、家系図を辿れば中世まで
ここまで説明すれば魔法界に身を置く者なら
そんなできすぎたゴテゴテの重たい看板を男系の末裔という立場で背負うことになったのが一九六一年のこと。『
幼い頃から家に反発し続けた兄はホグワーツ魔法魔術学校入学の際にはあろうことかグリフィンドール寮に組分けされ、母――ヴァルブルガ・ブラック。ややヒステリックな面がある――を酷く悲しませた。
それは代々スリザリン寮で緑のネクタイを締め続けていたブラック家では異端中の異端であったし、きっと組分けに居合わせた生徒たちは家族に手紙を書きたい気持ちを抑えるのに必死だったに違いない(実際に日刊予言者新聞はこの事を大きく取り上げたのだから)。
ブラック家の出来損ないと呼ばれた
兄の入学から二年後、クリーチャー――僕に良くしてくれている自慢の屋敷しもべ妖精だ。後ろをトテトテと付いてくる様子はなんとも愛らしい――の入れた紅茶を飲んでいた僕のもとにも無事ホグワーツの入学許可証が届き晴れて一年生となった僕であるが、兄のような波乱を起こすわけでもなく、組分け帽子は僕が
入学後はずっと直系ブラック家の跡継ぎとして恥ずかしくない成績をとっていたし、熱狂的とまではなれないものの嫌いではなかったクィディッチのシーカーも務めた。誰の視点から見ても極めて優秀な生徒であったと思う。
組分け事件や
一族の望む姿へと成長した僕は婚姻を結ぶ相手も選び抜かれた者たちを更に厳選した純血が並べられたし、在学中だけでも、と言い寄ってくる者も少なからず存在した。
魔法界一の名家の跡継ぎという衣装に惹かれたのか、それともブラック家に共通する眉目好い相貌に惹かれたのかはわからない。前者は大抵成り上がりの貴族なので当たり障りなく断っても後がしつこいのが困りどころだ。後者は兄の方へ行ってもらいたい。
純血主義者として育てられてきた僕はいつからか純血思想を掲げる闇の帝王を崇拝し、あのお方のことが記事となれば一つとして溢さずスクラップした。そしてあれよあれよという間に手首に闇の印を賜った。
十六歳、在学中にして
お仕えできることになった時はクリーチャーと共に童心に返って喜びはしゃぎ合ったのが懐かしい。
手首の傷が痛む度――あのお方からの召集の合図だ――頭の芯が甘く痺れるような恍惚感を味わっていた僕は心の底から陶酔していたのだと思う。
ホグワーツは原則長期休暇しか家に帰れない決まりとなってはいるが、暇さえあれば、否、時間を作ってでも本拠地となっていた屋敷へと通っていた。
もちろん母がそれを
僕が十四歳の夏についに家を出てポッター家に転がり込んだ――翌年には叔父の支援を受けて一人暮らしをしていたらしい――
ある時、屋敷しもべ妖精を必要としていたあのお方にクリーチャーを差し出した。それは僕にとっても、そして何よりクリーチャーにとって名誉なことであったため、僕はクリーチャーに闇の帝王のお言い付けになることは何でもするよう命じて送り出したのだ。
しかし、順風満帆に思えていた人生も十七歳にして最大の転機が訪れる。
僕の命令で帰ってきたクリーチャーは、僕が崇拝していた闇の帝王に、なんと分霊箱を守る呪いの実験台として殺されかけていたのだ!
ああ、ああ、何ということだろうか! あのお方にとってハウスエルフは単なる消耗品以外の何者でもなかったらしい。
愛してやまない存在が愛してやまない存在を傷つけることの絶望を僕は初めて学び、しかしそれはあまりに重く、そして遅すぎた。
憎悪、
兄曰く“いつも澄ました高慢ちきな良い子の弟”であった僕が、これほどまで暴悪な
深淵そのものを飲み込んだとすら思える絶望と呼ぶに
――そして数日後、僕は彼をどうにか滅ぼしてやろうと、十七年ばかりのちっぽけな命を使うことにしたのだ。
その際クリーチャーに最後の言い付けとして家族には決してこの事を話すなと命じたから、きっと僕の死は“闇の帝王や自分の行動に恐れをなして身を引こうとしたために同じ
しかしそれでいい。闇の帝王を裏切ったとなればいくらブラック家の人間といえどただでは済まないだろうから。
いつか全部を知った兄が、自分は“馬鹿な弟”にずっと護られていたのだと泣き叫ぶ日がくることを願っていよう。
生まれてから十八年目、しかし十八回目の誕生日を迎えることなく、ましてやホグワーツを卒業することもなく呆気なく死んだのが僕、
(どうか僕の分まで長生きしてくださいね、兄さん)
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*補足
・<バッドエンディング【Bad Ending】>
=バッドエンド。日本語としてはバッドエンドのほうが広く使われていますが、名詞としてはバッドエンディングのほうが自然かな、と。
・レギュラス(主人公)の誕生日は公式発表されていないため、二歳年上である兄のシリウスとの学年差が一つか二つかの設定は主に好みで分かれるところですが、原作で散らばった細かい時期描写を計算していくと日数的に年齢通り二歳差である可能性が高いのでは、ということで当サイトでは二歳差を採用いたしました。二歳差の計算で進むとホグワーツを卒業してないことになるっぽいです。