side:Shōyō Hinata
sorry? ……すみません? どうして謝ったんだ……? んっ!? お、おれ英語使えなくなった……! どうしてだ!? 魔法でおれ日本語と英語両方つかえるようになったんじゃなかったのか……!? も、もしかしてさっき翻訳呪文を解除されたとか……? あっ、そういや今さっき『日向にかけていた英語への翻訳呪文を解いて』って言ってたな……! フィニートナントカ……なにもされてないと思ったけどそういうことだったのか……。
「どうしてって言われてもな〜」
おれの百点……、とおれがしょぼくれているなか、菅原さんはどう言葉にするべきかを悩んでいるのか唸った。しばらくしてもなかなか口を開かない菅原さんを待っていると、不意に
靴を脱がないまま体育館へとあがる男の人に田中さんは「オイ!」と声を荒げる。けれどそれを丸々聞き流した男の人はおれと月島の間を、革靴の神経質なかたい音をならし、するりと早足でぬけていった。長いローブが風を含んでふわりと膨らむ。
「……答える気にはなりましたか?」
菅原さんの目の前で立ち止まり、杖を鼻先へとつきつけた男の人。おれの場所からはどんな表情をしているのかわからない。脅し……? こ、攻撃するとかじゃないよな……?
ハラハラしながら菅原さんと男の人の会話をしばらくの間見守る。男の人が菅原さんに謝って杖をおろすと、菅原さんはおれたちのほうをぐるりと見回した。
「えーっと、じゃあ、この中でハリポタ観た奴俺以外にいるかー? 大地と旭は大丈夫だろ?」
「三人で観たしなぁ」
「はいはい! おれ!! おれも!! 全部観た!」
大きく手を広げて何回もその場で跳ぶ。見ててよかった! と思っていると、清水先輩と谷地さんも挙手をして名乗り出た。
「これで全部か? うーん、もっといてもいいと思ったんだけどなあ」
てか二年全滅かよ、と菅原さんがため息を吐く。こんなにみんな見てないのか……!? ハリポタごっこ面白いぞ!
そういえば敵の杖をとばす呪文ってなんだったっけ、と菅原さんと男の人の会話を聞き流しながら考えていると、エクスペリアームスだ! と思い出したころには、旭さんが名乗っているところだった。
「あ、アサヒ・アズマネ。よろしく……?」
「どうして疑問形なんですか……構いませんけど」
「わ、悪い……」
「それで、サワムラ。あっさり受け入れると貴方は言いましたが、正直なところ混乱していないわけでもありません」
ですが。男の人の言葉は続く。きっとおれが呪文を思い出している間に菅原さんが上手に説明したに違いない。
魔法やホグワーツの実在をすごい、とはしゃいではいるものの、おれにだってフィクションだってことぐらいはわかる。だから、この男の人が本当にホグワーツの人なら何か奇跡のようなものが起こったってことだ。そしてそれは、全てを持った状態で受け入れるだけの俺たちとは違って、男の人にとってはきっとすごく大変でつらいことのはず。
それなのに男の人は――混乱しているとは言ったものの――、ただありのままを受け入れるだけだとでもいうように、落ち着きすぎていた。
「
一瞬、どういうわけか男の人の表情がくしゃりと歪む。それは本当に一瞬だけのことだったのに、鮮烈に目に焼き付いた。……今何を思い浮かべたんだろう。ホグワーツの学生ってことは俺や先輩たちとほとんど年が変わらないはずだ。この人はどんなことを見て、聞いて、行ってきたんだろうか。
「それで? 時間軸が違うという理由は別世界であることへの説明には不十分です。“ハリポタ”とやらを“観て”いない方々ですら貴方の“別世界”という突飛な話に首を傾げない明確な理由があるんでしょう?」
男の人の、すぐに擬音語や擬態語に走るおれとは違った、一つ一つ順番に潰していくような尋ねかたに頭が良さそうだな、なんて感想がわいてくる。丁寧な口調ではあるものの、納得のいく答えを並べろとでも言われているようで、どこか威圧的だ。
「スリザリンってやっぱちょっと怖いんだなあ……」
ぼそりと小さな声で呟く。すると男の人はおれの方に目を向けた。聞こえてない、よな……?
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせながら、そっと月島の後ろに半身を滑らせた。
(「何」)
(「な、なんでも……」)
(「……さっきの、聞こえてると思うケド」)
(「しゅ、しゅみません……」)
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*補足
・<ライナーノーツ(ライナーノート)>
音楽CDやレコードに付属した冊子等に書かれた解説文。また、それらが記載された冊子そのもの。