side:Shōyō Hinata
ハリポタの服を着てるけど大人だったりするのかな……? きっとおれらだけじゃなく目の前の人にとってもこれは非日常だというのに、やけに落ち着き払っている様子にそんなことを考える。
にしても外国人ってカッコいいな! リエーフもだけど足が……足が長い……。モデルってこんな感じなのか? 外国人の顔の区別に自信はないけど、多分この人は整ってるはず……! かっけーもん。
灰色の瞳をのぞきこんでいると、なにかを眼前につきつけられて、ぱちりぱちりとまばたきを二度する。杖、だよな……?
男の人は形のいい薄い唇を動かして、眠たくなるような、抑揚の薄い穏やかな声でスラスラと歌うようになにかを呟いた。子守唄みたいだ、と心のなかだけに感想を落とす。
「――これでどうですか?」
男の人がおれに向けていた杖をおろしたと思えば、先程まで流れるような英語を話していた口から理解のできる言葉が紡がれる。日本語話せたのか!? なんて思いながらも、お!? エッ! と驚嘆の声が思わず口から漏れた。
「英語じゃなくなった!?」
「逆ですね。あなたが英語を理解し話せている、というのが正解です」
「おれが!? 英語!?」
やった、と浮く気持ちのまま跳びはねようとして、いやいやまさか、と首をふる。けれど確かに男の人から紡がれる理解のできる言葉は、日本語ではなく英語の形のままだった。理解できた衝撃で男の人が日本語を使えたのかと思ってしまったようだ。
でもおれ英語なんて自慢じゃねーけど全然わかんないぞ! と言うと、男の人は、でしょうね、と淡々とした様子で肯定した。けれど、ぶっきらぼうな印象はない。
「『来てください』も聞き取れてないようでしたから」
「手クイクイってやってくれたから呼んでるのかな、って! すっげー! 本物の魔法使いみたいだ!!」
ハリポタの服着て杖持ったらおれも使えんのかな、とワクワクして訊けば、男の人は悩むように数拍口を閉ざしたあと、おれの言葉を訂正した。
「……みたい、じゃなくて魔法使いなんですよ」
「本物なのか!?」
「あなたのお仲間さんの表情でわかりませんか?」
ほら。男の人は俺へと向けていた灰色の薄い目を周りへと向けて、おれが周りを見渡すのを促した。それに従ってみんなをぐるりと一瞥すれば、信じられないものをみたような表情が、コピーしたように全員の顔に綺麗に貼り付けられていた。
「なんで驚いてんだ?」
「あなたが突然英語を話し出したからですよ。今なら英語の試験も満点とれるでしょうね」
英語のテスト満点!? おれが!? すげー! 本物ってことはこの人仮装じゃなくちゃんとしたホグワーツの生徒!? 遊園地じゃなく本当にあんのか!?
「月島! おれ英語話してる!?」
「…………」
「なぁ、どうだ!? どうだ!?」
頭のいい月島クンに詰めよる。この言葉も英語に聞こえてるんだよな!? だっておれ今英語で話したもん! 月島クンはちゃんと理解できたかな!? やっぱ日本語で話してあげればよかったか!? これすっげー楽し、
「イダッ!」
無言のままデコピンをしてきた月島。バチン、なんてそんな思いっきりやらなくても……。
やられた、と痛む額をさすっていると、小さな咳払いが聞こえ、振り返る。男の人がヘタを打ったようにその整った顔を少しだけ苦々しいものにしていた。……どうしたんだ?
「あの、」
「おれか? おれは日向! 日向翔陽! ええと……ショーヨー・ヒナタ! 好きな食べ物は卵かけごはんで、」
「ええと、自己紹介ありがとうございますヒナタ。卵かけごはん……? というものが少し気になりはしますが、それはまた後で聞かせてもらいますね」
そういえば自己紹介もしてなかった、と指を折り曲げていきながら自分のことを並べ立てていくと、男の人はすぐにそれを切った。あれ? 名前がわかんなくて呼べなかったとかじゃないのか……? それならどうしたんだろう、となやんでいると、ねえヒナタ、と名前を呼ばれ首をかしげる。
「いきなり変なことを聞くようですが、ここは何という国ですか?」
どういうことだ? 自分の今いる場所がわかんないってことか? 迷子にしても国単位……? そんなことあんのか……?
「日本、です、けど……」
これでいいんだよな……? なんて思いながらもそう答えると、男の人は足もとに目を落とし、難しい顔をした。少しの間そうしていたかと思うと、再び俺へと杖先を向ける。次はなんの魔法だ……!?
「
杖を手首だけで振った男の人に身構えたものの、とくに何が起こったわけでもない自分自身の体。なにもされて、ない……?
「な、なにしたんですか……?」
恐る恐る訊いたおれに、男の人は答える様子もなく、自分のこめかみに杖先をあてた。ダンブルドアとかも映画で似たことやってた気がする。脳みそにあててるから絶対に邪魔しちゃいけない……。ごくり、と唾をのんで目を閉じた男の人を見守る。今度はなにも呟かず、静かに息を吐いただけだった。む、無言呪文ってやつだ……!
「ツキシマ、先ほどはありがとうございました」
ゆっくりと目を開いた男の人は、月島のほうへと一歩進む。紡がれた言葉は今度こそ日本語で、普段はつまらなそうな顔ばっかりしている月島が一瞬だけ目を見開いた。
「……日本語話せたんですね」
皮肉っぽい月島のその言葉に、男の人はゆるゆると首を振る。
「ヒナタにかけていた英語への翻訳呪文を解いて、僕自身に日本語への翻訳呪文をかけたんです。貴方がたが日本人だとは知らなかったので先程までは自分にかけられなくて」
小さく肩をすくめた男の人に、翻訳呪文? と菅原さんが少しだけ首をかしげて聞き返した。文字通り、言語を翻訳させる魔法です、と男の人。
「僕が話した言葉は貴方がたには日本語に聞こえ、逆に、貴方がたが話した言葉を僕は日本語のままに理解できます。英語に聞こえているわけじゃありません。……僕の言語能力に日本人のものを付け加える魔法、と言った方がわかりやすいでしょうか」
「なるほど」
「……いやいやいや『なるほど』じゃないっスよスガさん! 魔法って!!」
ファンタジーじゃないんスから!! 田中さんが噛みつくように叫ぶ。田中さん! ハリポタ面白いですよ!
「でも田中、お前もさっき日向が英語で話したの見ただろ〜? なによりそのローブ、スリザリンだべや」
なっ、と笑顔を向けた菅原さんに、男の人はほっとしたように表情をゆるめる。しかし数秒してなにかに気付いたように固まった。
「…………
慎重に発せられた声。その声に動揺は見られなかったものの、灰色の瞳は確かにゆれていた。