少年iと野良猫 1/2
あたくしは猫です。名はまだありませんの。なぜなら、気ままな野良だから。ここは、あたくしのナワバリの中でも最高のお昼寝スポットである、とあるお宅の塀の上。日がな一日、ここでお昼寝をするのがあたくしの日課ですの。
あるぽかぽかとよく晴れた日のこと。あたくしはふと目を覚ますと、道を歩いてくる一人の人間を見つけたのです。近くにある誠凛という高校の制服を着た、黒髪で黒縁メガネの男子生徒です。一部がぱつんと切りそろえられ、左側の一束だけ長めの左右非対称の前髪。その美しい銀色の瞳を隠すかのような、太い黒縁のメガネ。
じっと見ていると、その男子生徒と目が合ってしまいましたの。反射的に逃げようと体に力を入れようとするものの、なぜか体に力は入りません。どうしようかと思っているうちに、男子生徒は目の前まで来てしまいました。
そして、その美しい
顔をとろりと蕩かせると、あたくしにこう言いましたの。
「……へぇ、珍しい。逃げないんだ」
そして、その後にこう言ったんですの。
「君、野良でしょう。それにしては綺麗な毛並みだね」
あら、見る目がありますの。あたくしの自慢はこの毛並み。毎日の毛繕いは欠かしたことがありませんの。すっと優美な長い指をした手があたくしに伸ばされました。普段なら人間などには絶対に触らせない自慢の毛並みを、なぜか彼に撫でて貰いたいと思ってしまいましたの。
そして、彼の美しい指があたくしを撫でたそのとき。今まで感じたこともない悦楽があたくしを襲ったんですの。なんという気持ちの良さ! 思わずゴロゴロと喉を鳴らしてしまいましたの。
「ずいぶんと人懐っこいんだね」
まさか! 今まで人間に触らせたことなどありませんでしてよ!
「でも、駄目だよぉ。人間はコワーイんだからさァ」
彼の雰囲気がガラリと変わりました。今まで見せていた蕩けるような顔はそのままに、その瞳には底知れぬ何かがありました。血の気が引くとはまさにこの事ですの。あたくしは全身全霊を持って体に力を入れると、その手から逃げ出しました。
「あっは! 逃げちゃったァ。またねェ、猫ちゃーん」
あたくしの後ろからそう声が聞こえました。また、ですか。
あの底知れぬ瞳は怖いですけれど、あの美しい手にもう一度撫でられてみたいと、そう思ってしまいましたの。
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