色の名前も知らないまま、 4 1/2
チョコを買った。
掌サイズの四角い茶色が、二十枚入りで四百円。学生の財布にはあまり優しくない、ちょっとお高めの特別なチョコだ。あちこちに踊る赤やピンクのポップに踊らされたわけではないが、その日は奇しくもチョコの祭典当日だった。
ビニール袋に包まれた箱を鞄に突っ込み、少し軽い足取りで学校へ向かう。二月の中旬になると街のあちこちにチョコレートが現れ、こちらを誘惑してくる。嫌いではない、むしろ大歓迎だ。
そんな浮かれた空気に
唆されたわけでは断じて、断じてない。でも買ったものは仕方がないのだから、教室についたらゆっくり堪能するとしよう。
自分の席で包み紙を剥がし、箱の中のチョコを一枚一枚味わう姿を思い浮かべる。それだけで憂鬱な朝が輝いて見えるのだから、人間というのは全く単純なものだ。
るんるん気分で学校に到着し、教室の扉を開ける。ふわりと風に乗って流れてきたのは嗅ぎ慣れた甘い香りで、改めて今日が何の日かを思い出した。
「おはよー! はいこれ!」
「わー嬉しいー! 私も作ってきたからあげるね〜」
リボンで可愛く彩られた袋が、狭い中でぽんぽん飛び交う。
お互いのチョコを食べてきゃらきゃら笑う高い声、いくつ貰ったかなんて話題を大真面目に話す低い声。普段とは違う騒ぎ方をする教室は、年中一人な私には少し入りづらく感じた。(まだ一年生だけどね)
貰う予定もあげる相手もいない私は、結局今年もぼっちチョコ。何だか重くなったように感じる鞄を机に置いてため息を吐くと、聞きなれた数人の声が耳に届く。チョコのやり取りでもしているんだろうなと見当はつくが、そちらを見ようとは思えなかった。
鞄の中からビニールを取り出し、買ったばかりの箱を眺めて肩を落とす。
やり取りをするような友人もいないくせに、はしゃいじゃって馬鹿みたい。こんな高いものを買うなら、普通の板チョコを齧っていればよかったのに。
意味もなく散財してしまった事実と一緒に、一時の感情に流された声が私に現実を突きつける。チョコ一つでこんなに沈んだ気持ちになるなら、買わないで大人しくしていればよかった。
登校中に感じたふわふわした気持ちはどこかへ消え去り、妙な虚しさが胸に重くのし掛かる。それを誤魔化すようにまたため息を吐いたところで、始業のチャイムが大きく響いた。
慌ただしく机に戻るクラスメイトの声を聞きながら、机に隠した箱の封を開ける。取り上げられないようにと袋を隠す彼らを横目に、薄っぺらなそれの包装紙をそっと剥がして、二つに割った。
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