憧れのあの人 4 1/3
九月七日月曜日、四時間目。
「はーい、じゃあ始めてくださ〜い!」
今日は調理実習の日です。メニューはご飯、お味噌汁、ハンバーグ、そしてポテトサラダ。それぞれ三、四人の班に分かれて行います。
くじで決められたC班の班員は、私、眞井葵君、そして色無雫君。この三人に決まりました。まさか色無君と同じ班になるなんて……! ドジを踏んでしまわないか、余計なことをしてしまわないか不安です。
一応、今日この日までにお家で予行演習……というか準備はしましたが、いざ色無君本人の前でやると考えると頭がぐるぐるして心臓がばくばくします。
しかももう一人の班員がお料理が得意と噂される眞井君……彼の女子力(?)に負けてしまわないかも不安です。もしも眞井君のほうが高かったらどうしよう……。
…………はぁ。
「風峰ちゃん、葵くん、今日はよろしくね」
……頑張ろう。
色無君の一言だけで気持ちが一変する私は単純なのでしょうか。
◆ ◇ ◆
お米は先生が炊いておいてくれるそうなので、実質作るのはお味噌汁、ハンバーグ、ポテトサラダの三品。
まずは野菜を切ります。
お味噌汁の具である人参は
銀杏切り。玉葱は5ミリほどの幅でスライス。ポテトサラダのじゃがいも……皮剥きは眞井君がやってくれました。しかも彼……包丁でするすると……。私、ピーラーでしか剥けない……。練習すれば大丈夫かなぁ……?
ふと正面を見ると色無君もサクサク切っていて……何しても絵になるなんて。綺麗だなぁ。
ハンバーグに使う玉葱を微塵切りにしたら、それを炒めていきます。
「飴色……だった?」
「いや、飴色までしなくても十分火は通るから大丈夫だ」
その横でじゃがいもを茹でていきます。そして、金網……?
「ねえ葵くん、どうして網なの?」
「時間短縮。野菜ってさ、それぞれに合った茹で時間があるわけ。それに一つの鍋でやったほうがガス代浮くだろ?」
なるほど家計にも優しい……!
眞井君、何でも知ってるなぁ。勉強になりました。
「風峰、そっちは炒まった?」
「た、多分できたかと……!」
炒まったら、フライパンを火から下ろし冷ます。
その間にお味噌汁を作ります。
沸騰したお湯に鰹節を入れ、
出汁をとる。人参、玉葱の順番で入れていく。野菜が煮えたらカットした油揚げを入れ、お味噌を溶いて……完成です。
あ、ポテトサラダ用の野菜も茹で終わったようです。でも冷まさないといけないので、しばらく放置です。
さぁいよいよ、本命のハンバーグです。
先ほどの玉葱を合挽き肉の入ったボウルに入れ、さらにパン粉、牛乳、卵、塩胡椒を入れ、捏ねていきます。捏ねる作業は色無君がやってくれました。手が大きいからか、すぐにこねこねしてくれて……。
ていうか始めから思ってたけど……色無君、エプロン似合うなぁ……。
「……どうかした?」
はっ。見つめすぎた。
「い、いえ何でも……。ただ、色無君……エプロン似合うなぁって思って……」
見惚れてました、なんて
流石に言えないけれど。
「ありがとう。君も似合っているよ」
……あぁ、嬉しいなぁ。色無君からしたら、何てことのない返事の一部なのだろうけれど。私もやっぱり女の子だもの。
好きな人から「似合っているよ」、そう言われて嬉しくないはずがない。
「ありがとうこざいます……」
きっと、私の頬は緩んでる。
以前の私なら小さな声でのお礼しか言えなかったけど、「自分を磨いているか」、色無君に言われたその言葉を自分なりに見つめて、『やっぱり駄目だなぁ……』なんて思うこともしばしばあった。次の瞬間からすぐに自分を変える、なんてことはできないからせめて。
小さな事だけれど、お礼くらいははっきり伝えようって思った。
そこでふと眞井君を見たら、チベットスナギツネのような顔をしていて……思わず顔が赤くなりました。
◆ ◇ ◆
お肉を捏ね終えたら楕円形にして、空気抜きをする。
「空気抜きって、どうやるの?」
「たしか……」
「こうする」
……速い。
あっと言う間に空気抜きが終わりました……。
「速いね、葵くん。凄いよ」
「まぁ、家でもよく作るし慣れたよ」
慣れ、たよ……?
負けました……。今はっきりしました。眞井君のほうがレベルは上です……。彼と私とじゃ雲泥ほどの差があります……。
そういえば以前も二人でシフォンケーキを食べていたような……。あれも眞井君の手作りらしいし……。
わ、私だってお菓子作れるもん……! パウンドケーキとかは無理だけどティラミスなら作れるし、クッキーとかも作れるもん……! ……言えないけど。
後はハンバーグを焼いていくだけ。中央に凹みを入れ、焼く。片面を中火で二、三分、ひっくり返して弱めの中火で七、八分。
「焼き終えるまで時間あるし、ほかの片づけるか」
「そうですね」
片づけ終えるまでが料理です!
(P.29)