憧れのあの人 3 1/1 


Side:Suzuka Kazamine

 二〇〇九年 七月二十一日 十六時四十分
 風峰涼花――ピンチです。


◆ ◇ ◆



 事の発端は、あの時です。六時間目の授業を終え、私は職員室へ行きました。担任の先生に提出物があったからです。それを提出し終え、職員室を出ようとする私に先生は言いました。


「色無にこのノート、渡しといて」


 へ?


「い、色無君に?」
「そう」
「……私が、ですか……?」
「そうそう」


 …………。
 混乱する私をよそに、先生は「よろしくなー」なんて言っています。よろしく……じゃないですー。どどど、どうしましょう……。
 もう授業は無い。そして今は放課後。
 色無君がいるのは教室ではなく……体育館。色無君が入部しているのは……バスケ部。
 私が……体育館バスケ部に――


◆ ◇ ◆



 着いてしまいました……。頭が真っ白なままで、どうやって辿り着いたかなんて覚えてません……。
 出入り口の扉からそーっと覗く。
 …………。凄い。凄いなんてものじゃない。
 当たり前だけど授業でやるようなものではなくて、もっと厳しくて……激しい試合ゲーム。ボールを巧みに操りながら、どう攻めるか、どう点を入れるのかを考えて確実に一手一手を決めていく。
 でもやはり、一番に見てしまうのは……心惹かれている色無君で。コートに居る彼は、いつも教室で見る彼とは全然違っていて。
 言葉が、出ない。息を呑んだまま、動く事もできないまま瞬きすらもできず、ずっと彼に視線を奪われていた。
 だから、気づきませんでした。背後から私を覆った、大きな影に。


「オイ」


 おそるおそる、振り返る。


「ひぇ」


 いたのは、たしかバスケ部の――とても同い年には思えないほど大きな――男の子。お、大きいよぅ……。


「何か用か? です」
「ぇ、ぇっと、その……あの……」


 早く言わなきゃいけないのに、怖くて上手く声にならない。私と彼とじゃ身長の差がありすぎて見下ろされているからか、威圧感というか……恐怖が凄い。それに何となくだけど、睨まれてる気もするし……。
 怖いです……!


「……風峰ちゃん?」


 一時間ほど前まで聞いていた、心地の良い声。


「ぃ、ろなし君…」


 涙で潤んだ視界に映る色無君が救いの神様に見えてきました…!


「どうしたの? 何か用かな」


 はっ。そうだった。


「あの、これ……」
「……ノート?」
「先生に渡してきて、って頼まれたので……」


 怖さの余り抱きしめてしまったノートを渡す。


「ごめんなさい……。ノート……ぎゅってしてたので、その、」
「大丈夫だよ。わざわざありがとう、風峰ちゃん」


 お礼を言い、少し微笑んだその顔に思わず見惚れる。……嬉しい。


「ンだよ、届け物なら言えばいーじゃねーか」


 先ほどの大きな彼に凄むように言われ、咄嗟とっさに色無君の後ろに隠れる。やっぱり怖いよぅ……。


「火神くん、そんな風に言われたら誰だって言い出しにくいと思うよ。それに、一般的に見ても君の身長は高いから……彼女、怖がっちゃっているだけじゃないかな」


「違う?」そう聞かれ、こくこくと頷く。


「ふふ、風峰ちゃんももう泣かないの、ね?」


 色無君の綺麗な指が、私の目尻にある涙をすくい上げる。


 はぅ………!
 だんだんと顔が熱くなっていくのがわかる。好きな男の子にこんな至近距離で触れられて、恥ずかしくて、でも……ちょっぴり嬉しい。


「はいぃ……!」


 深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして、大きな彼――火神くんに向き直り(色無君の後ろに隠れたままだけど)、


「……ごめん、なさい……」


 ちょっぴり怖くて、声が小さくなってしまったけれど、謝罪の言葉を口にした。聞こえたかな……?


「いや別に……いーけどよ」


 どうやら聞こえていたようで、返ってきた声にほっとした。


「それじゃあ、私は帰りますね」
「このまま観ていってもいいんだよ?」


 色無君は、そう提案してくれるけれど。


「いえ、ご迷惑になってもいけないですし……余り遅くなってしまうと親が心配するので……」


 何より、あんなに格好良い色無君をこれ以上観ていたら、心臓と頭が爆発しそう……。顔も今以上に赤く、熱くなるに決まってる。


「そう……。じゃあ、気をつけて帰ってね。ノート、ありがとう」


 そう言って、色無君は私の頭を優しく撫でたのです。一度それを認識すると同時に、脳内がパニックを起こす。
 色無君に、撫で撫でされている……。
 骨張っていて、細く綺麗で、それでいて優しいその手に撫でられると、恥ずかしくて、でも嬉しくて……それでいて、ほっとする。
 ――ぁ、駄目だ。


「しし、失礼しました……!」


 ほっとしたのも束の間。脳内と心臓が限界を迎え、私は逃げるように体育館を出た。


◆ ◇ ◆



 校舎に入り、少し行った所でしゃがみ込む。


「いろなしくん……」


 顔の熱が引かない。きっと耳まで真っ赤だ。心臓が、鼓動が、速い。速くて、忙しなくて、早く治まってほしいのに。そのドキドキがかえって“彼に恋をしている”ことを裏づけているように感じて。


「……好き」


 ぽつりと漏れたその言葉に嘘も偽りもない。けれど、彼に直接伝える勇気なんて無くて。“手紙で伝える”ことしかできない。でも……でも。いつかは。
 この気持ちを、大好きな彼へと届けたい。
 今はできなくとも、卒業して、会えなくなってしまう前に。


『好きです』


 この一言だけでも、どうか。
 伝える勇気をください神様。




 最近のあの子は可愛らしい。それは恋をしているから。よく言うでしょう? “恋する乙女は可愛い”って。
 でも、可愛くなったその先に待ち受けるのは幸か不幸か。
 それは――“カノジョシダイ”……サ。



 (少年i 作『恋乙女』)



(P.28)



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