憧れのあの人 1/3
一目惚れだった。
誠凛高校に入学したその日。同じクラスで出会ったその男の子に、私は恋をした。
◆ ◇ ◆
彼を一言で表すなら“完璧”だ。
優しそうな瞳に、それを隠すような黒縁メガネ。片方だけ伸ばされた、襟足の長い黒い髪。イケメンとは少し違う、何と言うか美少年という言葉が似合うだろう彼は性格もいい。だからだろう、彼の周りにはいつも大勢の人がいる。加えて、何人もが教えを乞うほど、彼は成績もいい。彼が答えられなかった問題は無いくらいに。
賢いし運動だってできるし、人当たりもいい。そんな彼――色無雫君に憧れている女子は少なくないだろう。かく言う私もその一人だ。
彼と出会ってもうすぐ三箇月。この想いは増すばかり。彼と目が合うだけで、「おはよう」なんて挨拶をするだけで、心臓がうるさい。うるさくてうるさくて、周りの音なんて全然聞こえない。止まれ、止まれ――。
「……大丈夫?」
澄んだような心地の好い声が鼓膜を貫いた。はっ、と顔を上げれば端正なその顔が私を見ていて。嗚呼まさか、こんなに近くで見られるなんて。
早く彼に言葉を返さなければならないのに、頭は全く別のことを考えていて。言葉にしようにも声にならず、頷くことしかできなかった。それでも彼は安心したように笑った。その顔を見ると、さらに鼓動が早くなって。
嗚呼、嗚呼。
この先、私は彼のいろいろな表情を見る度に彼に溺れてゆくのだろう。たとえそれが、彼の被った偽りの仮面だとしても。たとえ踏み込んだその先が、底なし沼のような深い闇でも。私は、彼に――……
恋をした。想いを伝えたい。けれど、伝えられない。相手の反応が怖くて。何度も伝えようとした。それでもいざ本人を目の前にすると、何も言えなくて。
『あなたが好き』ただ、これだけなのに。声にのせる、それだけのことなのに。この想いは増すだけで、伝える勇気を私にくれはしない。
『想いを形にするだけが恋ではない』そう思うのは個人の自由だけれど、伝わらなければ一生わかり合うことはない。
私は私で、彼は彼。必ずしも同じ想いでいるわけではないのだから。
(少年i 作『想う恋と伝える勇気』)
(P.21)