電柱擬態STKによる、ある男子高生の観察記。
◯月×日 天候/曇り/朝 通学路を、毎日のように追いかけて見慣れた姿が歩いていく。昼からは雨だと予報されているのに彼は傘を手にしていない、もしかするとスクールバッグに折り畳み傘を入れているのだろうか。
私が観察している限り、彼が雨の日に傘を忘れたことは無かったように思う。だが、万が一彼が今日傘を持っていなかったとすれば。彼はいかがして雨の中を行くのだろうか。雨が止むのを待つか、誰かに傘を借りるのか、はたまた薄ら寒い春の雨の中を駆け抜けるのか。
いずれにしても新しい一面を見ることができるのなら私は雨だろうが槍が降ろうが彼の後ろを追い続けるだろう、街中の風景に溶け込む電柱の一柱として。
傍から見ればこれは立派な犯罪でありストーカー行為だ、だが彼……色無君もまさか電柱にストーカーされているなどとは思うまい。そのために私は電柱へと擬態する能力と機動力を鍛え上げたのだ。
と、まぁ、一介の電柱の話などはどうでも良い。
曇天のもと、彼は曲がり角を曲がった。少しばかり背後を気にしているらしいが、恐らく気づかれてはいないだろう。誰かと通話をしているようで、肩に掛けたスクールバッグに添えられたのと反対の手にはスマートフォン。この距離から会話は聞こえない。
「笑わないで聞いて欲しいんだけど」
「おう」
「機動力の高い電柱に付きまとわれてる」
「は?」
「機動力の高い電柱に付きまとわれてる」
「は?」
チラリ、色無君は振り返る。一瞬、撮影モードで待機していたカメラにその姿を写す、若干引きつった笑みだがバッチリカメラ目線だ。シャッター音さえこんな都会の、朝とは言え雑踏では聞こえまい。
嗚呼、私は今日も一日幸せだ。こんなに美しい人を、ふとしたときの仕草や不意の表情が可愛らしい人を毎日の様に見つめていられるのだから。
目の前に姿を現すことも、話しかけることも、触れることも必要ない。ただ見つめている、それだけでこんなにも他者を、ましてや一介の人間が電柱に擬態する
術を身に付けてしまうほど、幸福の谷底へ突き落とせる人間が色無君のほかにいようか?
彼が校舎の中に入ってしまえばもう、追う
術はない。否、あるにはあるのだが
流石に怪しまれるので部活動の時間までは待機とする。校舎で高校生活を送る姿が見られないのは誠に遺憾であるが校舎にも有志はいるのだ、抜かりはない。
時計の針よ、早く回ってしまえ。部活動の時間になれば開け放たれた体育館の扉から姿を
窺うことができるだろう。マネージャーとして館内を東奔西走するのか、練習試合を分析しながら見守るのか。
そんな姿を想像して、ふと笑みがこぼれた。
ただ貴方を見守るだけでいい、どんな些細な行動も見逃したくはない。
電柱はただそこに在るだけのもの、意識もされず自然に紛れた人工物として存在するもの。そして誰より、何よりも、色無雫という人間を知っていたいと願うモノ。それだけのこと。
(P.16)