惑いは噛み砕くまでだ 1/4
イベントとは過ぎてしまえば急速に忘れ去られてゆくもので、水曜日に催された体育祭も例に漏れず生徒にあの日の熱をすべて残し続けることはできない。いまだに引きずっている者は少なからず存在するだろう。しかし彼らは純粋に体育祭の熱に浮かされているというよりも、週明けから始まる前期中間考査という現実から逃避していると言ったほうが正しいのではないか。
なんて、誰に言ったところで何かがあるわけでもない下手な言葉の羅列を、Eメールの本文欄から一気に削除する。宛名すら決まっていない、暇潰し以上にも以下にもならないものだった。
スマートフォンの電源を切って、常よりも荷物の多いバッグを肩から提げ直す。腕時計の針はもうすぐ午前八時を指そうとしていた。
「全員揃ったわね!」
携帯電話を軽快に閉じたカントクが空に似合う爽やかな笑顔で僕たちを見渡した。
誠凛高校男子バスケットボール部にとって、最も重要なものは過ぎた体育祭でも、これからやってくる前期中間考査でもない。今日迎えたインターハイの都予選だ。
前期中間考査直前とはいえ大会を控えているという理由で男子バスケットボール部が部活動停止になることはなかったけれど、帰宅してからきちんと考査勉強に取り組めた者はどれだけいるのだろう。
まァ、僕たちの学年に限れば範囲は中学生で習ったことに毛が生えた程度のものではあるし、今回は国語総合、数学T、コミュニケーション英語、英語表現、生物、地学、地理の七科目のみだ。これが前期期末考査になると数学A、倫理、情報、保健体育、家庭基礎が加わった十二科目になる上に範囲も馬鹿みたいに広い――特に、前期中間考査では無かったその五科目が、前期中間考査に無かったからこそ範囲が入学直後からのすべてとなる――とカントクに聞いたから、何とかなるという思考で挑めば容赦なしのFを貰うことになるだろう。
あっは、僕は大丈夫だけどねェ! だってほら、点数だけで見たら僕はわざわざいい子なんてやらずとも優等生だしぃ? 「嘘つきは良い記憶力を必要とするのさ」なんていつだったか誰かに言ったような気がするけれど――ああ、涼ちゃんだったかァ? 「何でアンタみたいなヤンキーが勉強できるんスか!?」なんて言われて、そのように返した気がする。僕はヤンキーなのか、なんて驚いた記憶が残っている。
火神くんは目を充血させているけれど、勉強による寝不足ではないだろう。たしか海常との練習試合の日も寝不足が
窺えたから、きっと彼は重要なイベントの前には眠れなくなってしまうのかもしれない。
「行くぞ!!」
部員全員が到着するまでの間に、初夏の日差しを逃がさぬよう体内に溜め込んでいたのだろうか。そう思ってしまうような熱を内包した
主将の声を合図に、僕たちは体育館へと歩を進めた。
(P.46)