優しさ、易しさ、謂ふならば 3/4 


「はい、マッサージはもうそろそろいいと思うよぉ。時間に余裕があるわけじゃないからちゃんとできているかは怪しいけどさ」


 目を閉じて額にガーゼを当てていたテツくんの手からそれを受け取る。血はにじむものの、初めのようにダラダラとは流れ出てこない。正方形の絆創膏ばんそうこうを貼って「それと、そろそろ準備しておいて」とそっと耳打ちをすれば、テツくんは上体を起こした。
 これからまた動く人にとって気休め程度にしかならないとは思うものの、少しだけきつめに包帯を巻く。あまり大袈裟おおげさに巻いてはテツくんの先ほどの気遣いが無駄になってしまうだろう。素晴らしいことに、僕の優しい部分が仕事をした。
 次にスコアボードに視線を移す。68−74、僕たちは6点差で負けているらしい。これなら十分逆転は可能だ、ときちんと繋がっていた首の皮にほっと息を吐く。


「怪我を見た感じ試合に出られないわけではないと思うけれど、やっぱりこればかりは本人次第だし無理は禁物。体調が優れないようであれば僕が出るって手だって考えているから。練習試合だからあっちも固いことは言わないと思うし」
「大丈夫ですよ。キミのおかげで疲労まで大分良くなりましたから」
「それは何より」


 いつの間にか第三クォーターも残り三分を切っている。景色を眺めていればあっという間に過ぎ去っていくような短い時間に、毎試合『今この時が人生のすべてだ』とでも言うように情熱を注ぐ姿は時に羨ましくも思え、時に哀れにも思え、時に滑稽こっけいにも思え、時に共感もした。


「カントク……何か手は無いんですか?」


 ろくに試合を見ていなかったため詳しくはわからないものの、じわりじわりと引き離されていったことが予想できるその点数に不安そうに河原くんが尋ねた。


「前半のハイペースで策とか仕掛けるような体力残ってないのよ。せめて黒子君がいてくれたら……」


 厳しい顔でコート上を見つめているであろうカントクの背中を見ながらテツくんの方をチラリとうかがう。彼はその声を「わかりました」と受けた。


「え?」
「おはようございます。……じゃ、行ってきます」


 立ち上がった彼はそのままコートへ向かって歩きだす。足取りは重く、まだフラリとしていた。怪我をしている選手を使わないと勝てないだなんて、情けない話だねェ、本当。酷いチームだ。


「いやいやいや、何言ってんの駄目! 怪我人でしょ! てかフラついてるじゃない!」
「怪我は雫君に手当てしてもらいました。それに今行けってカントクが」
「言ってない! たらればが漏れただけ!」
「……じゃ、出ます。マッサージをしてもらって前半のハイペースで溜まった疲労も大分消えましたし」


 強情な彼にカントクの口から「オイ!」と荒い言葉が発せられる。
 マッサージをしたとはいえ、動き回ればすぐにまた疲労はずっしりのしかかってくると思うよぉ。けれどしないよりは大分マシなはずだよねぇ?


「ボクが出て戦況を変えられるならお願いします。……それに、約束しました。火神君の影になると」


 カントクとしては怪我を負っている選手を出すわけにはいかない。バスケットボール部の部員である前に僕たちは一人の高校生だ。何かあってからでは遅い。そして何かあった場合、責任の多くはカントクとして判断を下したリコ先輩に降りかかるのだろう。それをテツくんが想像もついていないはずがない。それでも彼は自分の主張を曲げようとはせず、あくまで交代の意志を示した。


「……色無君も友達として何か言ってあげて。いくら何でも足もとがおぼつかないようじゃ」
「カントク、申し訳ありませんが彼はコートに入るべきです。点差は6。彼が復帰しても逆転が不可能になってしまうボーダーラインは越えていませんし、何よりこのままだと離されていくだけで誠凛は勝利を掴むどころか触れることもできないでしょう」
「い、色無君まで……。――はぁ、わかったわ。ただしちょっとでも危ないと思ったらすぐ交代します!」


 渋々といった様子で彼女は選手交代の希望を飲み込む。「ありがとうございます!」僕と彼は声を揃えて頭を下げた。


「ま、君が出るのは第四クォーターからだけどね」
「えっ」
「怪我以前にミスディレクションの効力のこと忘れていない?」
「…………あっ」


(P.25)



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