「好きだよナマエ、付き合おう」
「うるさい変態。近寄るな」


1.悪霊とわたしの話


再会したとき、わたしは彼が誰だかわからなかった。

「ナマエ、ひさしぶりだね。ところでボクと付き合わないか」
「えーっと…ごめんなさい。とりあえずどちら様ですか」
「この前の286期のハンター試験で会っただろ。覚えてないかい」
「覚えてないです」

これでもかいと彼は長い前髪をかきあげ後ろに撫でつけて見せた。それでわたしはようやくわかった。彼が、試験官を半殺しにしてその他20人の受験生を再起不能にした、あの奇術師ヒソカだって。

「思い出してくれて嬉しいよ」
「はあ…それはどういたしまして」

それから一ヶ月、わたしはずっと付きまとわれている。悪霊のようなこの男に。


「ナマエ、ボクと付き合おう」
「地球が滅びて人類最後の二人になってもそれだけはイヤ」
「じゃあ一夜だけでも」
「何言ってんの?最低」
「大丈夫。ボクもさすがに最初から変なプレイはしないさ。後悔させないよ」
「消えてよ変態。近寄らないで」

もう日課だ、このやりとりは。たいして物覚えの良くないわたしの大脳だって、これだけしつこくされたらさすがに忘れようがない。彼はこのところ毎日欠かすことなくわたしの周りをうろついては、交際を迫ってくる不審人物、つまり早い話がストーカーだった。
ナンパと無縁の人生を送ってきたわたしが、あろうことか振るのもおこがましいと思うほどの美青年につきまとわれてる。これは一見してみれば喜ばしいことにも思える。けれど悲しいかな、わたしはこの男がどういう嗜好の持ち主か知っていた。
彼は殺人鬼で戦闘狂でそして何より他の追随をゆるさない真性の変態だった。およそ他人の理解のおよばない事柄に、興奮してはそれを下半身に直結させるような。
誰がむざむざその餌食になりたいだろう。少なくともわたしは心の底から御免被る。
それに、もし仮に変態だってことを抜きにしたとしても彼だけは好かない。だって…

追い払うように歩調を速めても、わたしより圧倒的に足の長い彼はなんなくついてくる。

「仕事かい?」
「そうだよ。ついてこないで」
「手伝おうか」

その言葉に、わたしはぴたりと足を止める。

「できるの?ヒソカに」
「ナマエのためならなんだってできないことはないよ」
「わたしのしごとは、人の命を救うことだよ」

ほんの少し、目を見開くヒソカ。知らなかったらしい。

「できないよね。だって人殺しだものね、あなたは」
「……」
「人の命に何の価値も見出せないようなひとを、わたしには理解できるとは思えない。好きにもならない。はっきり断っておくね。もうこれ以上わたしに近寄らないでください」
「……それは無理だよ。ボクはきみが好きだから」
「わたしは人を殺すひとの気持ちなんて理解できないし、したくもないけど、最近すこしわかるよ。あなたみたいなひとを殺してやりたいと思う」

わたしは彼に背を向けて病院の入り口に立つ。入館証をかざすと自動ドアが特有の機械音とともに開いた。
快楽殺人鬼と医者。水と油みたい。どうやったってまじわるはずがないよ。


午前中の仕事を終え、昼食を手に屋上の扉を開く。いつもなら誰もいないそこでひとり気ままな時間を過ごすけれど、今日は先客がいた。

「やあ」

長い前髪を風にさらわれながら手すりにもたれてニコニコとこっちを見るヒソカの姿。

「さっき言ったばかりだよね。これ以上つきまとわないでって」
「そうだね。でも無理なんだ。会いに来ちゃうんだよ」

どうにも忍耐力がなくてね、と彼は笑った。わたしの背後で錆びついた音を立ててドアが閉まる。

「だいたいここは関係者以外立ち入り禁止になってるのに、どうやって入ったの」
「奇術師に不可能はないの」

クルクルと回る人差し指に銀色の錠前が光る。

「不法進入に窃盗…」
「だったらどうするんだい」
「出て行って」
「イヤだ。出て行かせたいなら追い払ってみなよ、お医者さま」
「出て行かないなら、」
「人を呼ぶかい?きみの仕事が増えるだけだよ。…ああ、手術をしても死体はどうにもならないか」
「わたしの周りでそんなことしてみたら?絶対にゆるさない」
「ゆるさない、ねえ…」

何か馬鹿馬鹿しいものでも見つけたみたいにヒソカは笑った。

「ーー今だってボクはきみに許されてないじゃないか」

どきりとした。その声が、今までに聞いたどんなものよりもさびしさに満ちていたことに。いったい何が殺人鬼にこんな表情をさせるんだろう。不可解で仕方がなかった。

「また誰か殺しちゃうかもしれないなぁ。ナマエがあんまりつれないと」
「…わたしを脅してるの?」

彼は少し驚いたように目を丸くして、それからまた口元に笑みを浮かべる。

「ちがうよ。本心なんだ。欲求不満になると殺しをするんだ、いつも。自分でもどうにもならない。こうやってナマエに会いに来ちゃうのと同じさ」
「…精神科、紹介状書こうか」
「いらないよ。きみがボクを受け入れてくれれば済む話だ。そうだろ?」
「…いいえ。そうは思わない。あなたは一回診てもらったほうがいい」
「そんなにボクが嫌いかい」
「あなたのことは、嫌いとか好きとか思うほど知らない。知ってるのは快楽殺人鬼だってことだけ。でもわたしが拒む理由にはそれだけでじゅうぶん」
「やめるさ」

けして静かではない屋上の機械音の中で、するどく彼は言った。

「殺しなんてやめる。ーーやめられる。…ナマエがそばにいてさえくれれば。ボクを満たしてくれるなら」

ハッとするほど彼のことばはさびしくて、どうしてなのか、わたしの心におかしな痛みを生む。

「どうしてわたしなの」
「…ハンター試験のとき、ボクが何十人か受験生を殺したのは覚えてるかい?」

わたしは頷く。彼が試験官を半殺しにしたあとだ。試験官がルールを変えると言った。「こいつを殺した奴が合格」だと。不実で最低な試験官だった。受験生がいっせいにヒソカを囲んだのを、わたしは輪の外から見ていた。

「いつものことなんだけど、ひととおり殺し終えると決まって周りはみんなおびえた眼でボクを見てる。化け物でも見つけたみたいに。あの時きみもそういう眼でボクを見てた」

そこまで言って、ヒソカは自分の着ているシャツをまくった。その下から現れた腹部を覆う白い包帯を、巻いたのはわたしだった。あのときヒソカに立ち向かった受験生たちはみんな彼に殺られて、追いつめられて焦った試験官の土壇場の一撃がヒソカに深手を負わせた。それで彼は倒れて試験官は命からがら助かったのだ。
ヒソカは喉の奥で笑うと記憶をたどるように目を閉じた。

「あのとき輪の外から人をかき分けて入ってきたきみは本当におびえた顔をしててね。今でも焼きついてるよ。誰も助けないボクのことを、震える両手で手当てした。…そのとき気がついたんだ。きみが怖がってたのは「殺人鬼のボク」じゃなくて。「ボクが死ぬこと」だ」
「……」
「きみは人に死なれるのが怖いのかな。ただそれだけのことだったとしても、ボクにとってははじめてだったんだ。生きてほしいなんて望まれたのは」

好きだよとヒソカがささやいたのが、風に乗ってわたしのいるところまで届く。

「きみが好きだ」

彼はまばたきもせずわたしの一挙一動を見張るようにまっすぐに視線をこちらへ送っていた。

「…ーーでも、わたしには好きな人がいる」

視線は少しも動かなかった。

「ごめんなさい」

彼は黙ったままこっちへ向かってくると、わたしの前で足を止めた。

「…ーー知ってるよ」
「え、」
「きみに付き合ってる男がいることくらい」

何を考えてるのか読めない表情をしていた。わたしが探るように見つめると彼はやわらかく笑った。

「安心しなよ。べつに殺したりしないから」

どう考えたって無差別殺人が趣味な彼が悪いはずなのに、わざわざそんなことを言わせてしまうことに、良心の呵責を感じる。やさしくしてあげようなんて思わなかったのに、気がつけば口を開いていた。

「そんなこと、思ってないよ」

風が吹き上げて、わたしの髪が顔を覆う。ヒソカの手がそれを直した。

「触らないで」
「本当につれないな」

それでもわたしの髪を耳にかけながら、ヒソカはまた笑う。やわらかく、そして不敵に。

「あきらめてあげないよ」

厄介なものに取り憑かれてしまった。

16/05/28
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