時々、鈴のような声が混じるんだ。

バンは多分気づいてない。アミは分からないけれど、気づいていないだろう。
ユイの声には時々鈴のような透明な響きが混ざる。

不思議に思ったのは小学生の時。
図書館の本の下敷きになったユイをバンとアミと助けに行って、なぜか俺があいつを引きずり出したときのお礼の言葉。

「死ぬかと思った〜。ありがとう。カズ君!」

ほんの少しだけ、声が違うなと思った。
いつものふわふわとした声に、透明な響きが小さく混じっていた。
でも少しだけだったので、その時は気づかなかった。なんとなく変だなと思う程度で、しばらく忘れていた程だ。

それからも時々、透明な響きはユイの声に混ざる。
わかったのは、ユイ本人が多少不安になるとその声を出すんだなと言うことぐらいだ。


***


ユイは最初はアミの友達というよりも弟子として会って、いつの間にか一緒に遊ぶ時間が多くなって、いつの間にかあいつのフォローをするようになった。
世話焼き係とでも言うべきか。
ものすっごく不本意だ。
どこでどうなってこうなったのか、誰かに問い質したい。

しかもバンの奴なんか、「え? カズって元々世話焼きだろう?」なんて言いやがった。
アミに至っては無言の笑顔で肩に手を乗せられた。こっちの方が正直ダメージ大きい。
当のユイはのほほんとした顔でいるもんだから、なんか責める気にもなれない。
そもそもユイは怒ったところで多少狼狽えるだけで、ロクに反省なんかしないのだ。
俺はそれを会って数日で学んで、それ以来いちいち怒るのは止めた。

もっと正確に言うと、反省するものの結局またトラブルに首を突っ込むのだ…って、反省してねーじゃんか。
まあ、このせいで、ユイのことを面倒に思っている奴はクラスに多い。
悪口を言われることだって多々ある。実際、俺もユイが呼び出されて文句を言われる場面を何回か見かけたことがある。
その時、ユイは決まって困ったように眉を下げ、相手の一言一言に真面目に頷いていた。
反論は一つとして、しなかった。

その時の顔はなんというか……怒られて辛いというよりも、怒られてどう反応していいかわからないという顔だったのが印象に残っている。

後になって、俺はユイになんで反論しなかったんだ? と訊いた。
そうしたら、

「だって、私の欠点全部言ってくれてるから、言い返せないんだよ!」

と明るい笑顔で言った。
いや、だからって一つぐらい言い返せるだろ、普通。

そもそもユイは滅多に怒らないし、その性格からよく泣くのかもと想像したものの、目を少し潤ませる程度で泣いたことは一度もない。
気に入らないからと張り手を喰らわされて帰って来た時もあったが、その時も泣くこともなくだからって相手のことをとやかく言うこともなかった。
ただ赤くなった頬を濡らしたハンカチで押さえて、あろうことか笑顔でキタジマにやってきた。

さすがにこの時はアミと沙希さんが怒り、今にも討ち入らんといった雰囲気でユイの手を引っ張って、相手に謝らせた。
この時ユイは嵐のように激しく早く流れていく状況を飲み込み切れていない様子で、頬を押さえて茫然としていた。

「おい。お前のためにこんなになってるんだぞ。
何か反応しろよ」

「う、うん…。
反応したいんだけど、なんだろう。
わかんないんだよ。こういう時って、どうすればいいの?」

「俺に聞くなよ」

「そうだよね」

切実な顔で「どうすればいい?」と聞いてきたユイ。
今思い返すと、あの言葉の中にも震えた透明な響きが混じっていたような気がする。

やべえ。言葉の選び方間違えたか?

俺は慌ててぽんとあいつの頭に手を置くと、乱暴に撫でた。

「まあ、なんだ。要は怒れよってことだよ。
怒るべきところでは怒るのが正解なんだ」

「……うーん。わかった」

本当にわかったのかと聞きたくなったが、聞かないでおいた。
ユイの身長が俺よりも背が低いのと大きな帽子が邪魔をして、その時の顔は見えなかった。

もしかしたら、あの時…その表情をしっかりと見ておくべきだったのかもしれない。

今後悔しても、その時はもう過ぎ去ってしまって、全て遅いのだけれど。

ちなみに俺はその時になんで大人しく平手打ちされたのかも訊いてみた。

「いやー。満足するまでやらせた方がいい時もあるんだよ」

屈託のない笑顔で、当たり前みたいな顔して言いやがった。
妙に慣れた感じがあるのに寒気がしたのを覚えている。


***


中学になって、同じクラスになってもやっぱりユイは自分からトラブルに巻き込まれていった。
ただし、あの透明な響きが聞こえる瞬間は驚く程少なくなった。

相変わらず、人に対して怒らないけどな。
まあ、クラスの奴も多少は落ち着いたのか、呼び出し喰らうと言うのは少なくなったらしい。
本人談だから信憑性はねえけど。

そして、相変わらず俺はもうなし崩し的にあいつの面倒を見ている。
クラスの連中からもそう見られているのがなんとも言えず悲しい。
俺はユイの親か何かか。

良くなったことと言えば、多少はあいつもトラブルの対処法を覚えたことだ。
まあまあ良くなった程度だけれど。
俺の苦労が減って何よりだ。

最後にあの透明な声を聴いたのは、海道ジンを初めて見た時だ。
あれが最初で最後。
はっきりとユイではない「誰か」がそこにいたように感じたのは…。

ぼけっとした顔に似合わないその声で呟く。

「……うそ…」

まるで夢で会った奴でも見たかのようなその声は、多分俺にしか聴こえていなかった。
それから、小さな深呼吸。
小さく、深く、覚悟を決めたとばかりの音。

その横顔は今まで見てきたユイとは比べものにならないぐらいに、綺麗だった。


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