すう、はあと大きく息を吸って吐く音がした。
「うへへー…。暑いよー。駆動系も熱いよー。関節部が摩耗してるよー。
どうにかしてください……」
「うっせえ。冷やせ」
「カズ君、水はCPUには大敵なのです。
あっついよー。むしむしするよー」
まあ、キタジマは大して冷房が効いてないから暑いけどな。
なんでもこの猛暑で冷房が壊れたらしい。
暑い割によく喋る奴だなと思って見ると、ユイはLBX用のドライバーを持ったまま作業用のテーブルに突っ伏していた。
「溶けるー溶けるー」と下手くそな歌を歌いながら、ぐてっと腕を伸ばしている。
その伸ばしている腕をどかして、アミは何食わぬ顔でパーツを手に取った。
「確かに暑いわね。
湿度も高いし…LBXバトルをするのも億劫ね」
ふう、と息を吐きながら、アミが最後のパーツを付け終える。
「さて! バトルするわよ、ユイ」
言葉とは反対にぐてっとしているユイを無理矢理起こしてジオラマの前まで連れて行く。
ユイはそれに必死で抵抗し、ぐっと机にしがみついた。
ぷるぷると震えながらしがみつくのは、こう言っちゃなんだが馬鹿っぽく見える。
「アミちゃん、無理……無理!
バン君とかカズ君とー…」
「……しょうがないわね。
カズ、お願い」
「……マジかよ」
俺だって暑いんだよと言いたくなったが、よく見るとアミの目はどことなく据わっている。
アミもアミでこの暑さに多少頭が馬鹿になってるのかもしれない。
バトルの一つや二つでアミの頭が正常に戻るなら良いかと思ったが、暑いものは暑い。
俺だって出来れば動きたくない。
「今日は止めようぜ、アミ。
メンテナンスだけでいいって。
ユイだって、この調子だぜ」
未だテーブルに突っ伏したままのユイを指差して言うと、説得力は十分だ。
暑さで頭から煙を出しそうな程に真っ赤な顔をしているユイは、まるでゆでダコだ。
正直、暑さで死ぬんじゃないか、こいつ。
「ユイは夏はいつもこうじゃない。
ユイ、帽子ぐらい取りなさいよ。
熱を逃がせるから」
「トレード…マークなので……無理ですー」
「なんだそれ」
訳の分からん理由から、ユイは帽子を強く掴んで頭から外そうとはしない。
そろそろ本当に茹で上がるぞと思っていると、キタジマの奥からバンが顔を出す。
その手にはコンビニで売られているようなかち割り氷が持っていて、「おっ!」と思わず声が出た。
「店長がくれるって。
ユイ、大丈夫か?」
「あんまりー…」
「まあ、そうだよね。
氷、食べる?」
バンはそう言いながら、かち割り氷の袋を開けて、ユイに差し出す。
ユイはのろのろと頷いて、更にのろのろと氷を手に取って口に入れた。
その後に俺らも一つずつ氷を取って、口に入れる。
氷を口に入れると、急激に口の中が冷える。
俺はすぐにガリっと氷を歯で砕いて、溶かして飲み込んだ。
「つめてーっ!」
「生き返るわね」
「んー…」
一番重症のユイは氷一粒ぐらいじゃ回復しないらしい。
というか、例え冷房が効いていようが、毎年夏はこんなもんだ。
多分、こいつの家は年中冷房が効いてるって言うから、そのせいもあるんだろう。
「ユイ、本当に大丈夫か?」
「……んー…バン君の持って来てくれた氷があるから、大丈夫〜」
全然大丈夫そうじゃないぞと言いたくなるようなゆでダコ具合だった。
「お前なー、いい加減親父さんに言って、冷房緩めてもらえよ。
そうしたら、楽になるぞ。その夏バテ」
「分かってるけどー、もうちょっとだから…もうちょっとだから、消せないんだよー」
ユイは駄々をこねる子供のように「もうちょっとなんだよー、もうちょっとなんだよー」と言い続ける。
その様子を見て、俺たち三人は溜め息を吐くしかない。
こうなれば、ユイはテコでも動かねえし、そもそも動くようだったら、ここで夏バテのゆでダコにはなってねえだろうしな。
「そうすれば、息が出来るんだよ〜……。
もう少し、楽に、息が出来るの〜……」
夏バテのせいか、訳の分からんことを言い出すユイからは氷を舌で転がす音がする。
お前はいつも息をしてるだろうと思ったが、夏バテ特有のもんだろうと思ったから、俺たち三人は適当に頷く。
そして、代表するようにバンが言った。
「そうだよ。もうちょっとで秋なんだから、息をするのも楽しくなるさ」
いや、もう少しではないだろうと思うけどな。
バンの言葉にユイは少しだけ顔を上げて、ぼけっとした顔でのんびりと頷いた。
「うん。頑張る」
その声は夏バテからか、少し苦しそうだった。
***
ヨルはイギリスにしては珍しい快晴の空を見上げて、目を細めていた。
懐かしむような、そんな視線を青い空に向けていた。
「おーい、ヨルー。
行くよー」
「……うん」
私が呼ぶと、ヨルは二つに結んだ髪を揺らしながら、私の隣にやって来る。
イギリスの夏は爽やかで過ごしやすいからか、最近のヨルはとても楽しそう…というよりも楽そうに見える。
日本の夏は高温多湿だというし、そこもまた関係があるのかもしれない。
「暑いねー」
「それほどでは。日本より少し楽かな。
うん、すごく楽。
息をするのがすごく楽だよ。リゼ」
そう言うと、ヨルは少し立ち止まって、また空を見上げる。
大して珍しいものでもないだろうと思うけれど、ヨルは本当に眩しそうに青空を見上げていた。
「息をするのに楽とか難しいとかないでしょうに」
「そうかなあ。
いや、楽というよりも、そんなものじゃないかな」
そう呟いて、ヨルは日除けを作りながら、楽しそうに空を見上げている。
風が微かに吹いて、彼女の髪を靡かせた。
その音に紛れて、ヨルは何かを呟いたようだった。
「息をするって、こんなに楽しかったんだ……」
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