07.意外なる客人と雑用係 (8/76)


放課後は大抵キタジマに寄って帰るか、『Blue Cats』に寄ってから帰る。

家が嫌いとかそんな理由ではない。

家は好きだし、うちは両親が離婚していて父子家庭だけれど、お父さんのことは好きだから本来なら早く帰るべきだと思う。

それをしないのは、私のお父さんが研究者だからである。

何の研究をしているのかは教えてもらえないけど、なんだか難しい研究らしく、なるべくなら静かな環境で研究したいと言われた。

なら大学の研究室を使えばいいのに…と思ったのだけれど、お父さんは大学に所属はしているけど対人関係云々の問題であまり大学には行きたくないらしい。

結果として、家族水入らずでいれるはずの我が家は実験器具や研究資料等々の巣窟と化している。

一日の大半を研究に費やすお父さんのためにも、私はちょっと寄り道してから帰るようにしている。

私がいると資料を倒したり、機械を壊したりするからね…。
我ながら情けないけど。


「ふふふふーふふふーん。ふふふふーふふふーん」

適当に『ハッピーバースデー』の歌を歌いながら、家とは反対方向の『Blue Cats』を目指す。
鞄にはLBXとCCM、それから空のタンブラー。

人の気配があまりしない、お店として大丈夫なのかと心配になる『Blue Cats』の扉を開ける。
カランコロンとベルの音が鳴った。

「おじゃましまーす! 檜山さんいますかー?」

大きな声でここのマスターを呼ぶ。
時折彼は地下にいることがあるので、いつも大きな声で呼ぶようにしている。

「そんなに大きな声を出さずとも聞こえているぞ。ユイ」

カウンターの奥には檜山さん。
そして、カウンターにはお客さんが4人もいる。これはすごい。普段なら考えられないことだ。

「檜山さん、今日はお客さんがいるんですね。ちょっと安心しました」

「悪かったな。いつも客がいなくて」

檜山さんがちょっと怒ったような口調になるが、事実だから仕方がないと思う。
お客さんはいつもの宇崎さんと…あれ?

「え! ユイ?」

「あれ? バン君?」

そこにいたのはバン君とアミちゃん、それからカズ君だった。
いつもの三人組なのに、背景がどうもおかしい。その隣が宇崎さんだというのも何かがおかしかった。

「ユイ! どうして、ここに!?」

「どうしてって…いつもここの手伝いしてるから…。
あ、宇崎さん。こんにちは」

「あ、ああ。こんにちは、ユイ」

「さらっとスルーするなよ…」

とりあえず挨拶だ! と宇崎さんに挨拶したら、カズ君にツッコまれた。
彼とのこういうやりとりは結構あるので、実はお互いこういう状況は慣れっこだったりする。
なので彼が一番動揺していない。
むしろ、こいつならなという感じがある。それもどうなのだろう。

「彼女の父親がここの常連でな、その関係で俺の手伝いをしてくれているんだ。
『アングラビシダス』の件も知っている……まあ、そのなんだ、とりあえずは大丈夫だ」

「うん。つまりは、そういうことなんだよ」

「そうなのか。知らなかった。
あ、じゃあ、ユイも『アングラビシダス』に参加するのか?」

「ううん。私は参加はしないよ。
私、そんなに強くないから」

自分で言っていて悲しくなるが、私は弱い。
ルール無用の『アングラビシダス』では私のクイーンが破壊されるのは目に見えている。

「そっか。残念だな…」

「ごめんね。あ、でも、バン君たち。『アングラビシダス』に出るなら先に会場見てみる?
いいですよね? 檜山さん」

「ああ。頼む」

檜山さんの許しを得た私は普段は閉ざされている扉の前に立つ。

「見られるのか? 会場」

バン君が不思議そうな顔をする。
カフェとしての『Blue Cats』しか知らないと、こういう反応だよね。

「うん。
だって、アングラビシダスは…」

扉に付いているスイッチを押すと、開かれたその先には長い長い階段。
先が見えないこの階段はいつも少し怖い。


「この店の地下で行われるんだから!」





prev


- ナノ -