57.祈りの果てに (58/76)


『シーカー』本部に帰り、今後の作戦について話し合う。
バン君のCCMに届いたレックスからのメッセージでは、『イノベーター』は『サターン』を巨大エネルギープラント『タイラントプレイス』に向けて発射し、世界を混乱させようという意図がわかった。

発射までには時間がある。
その時間は36時間。
それだけあれば十分だ。

僕はゆっくりと何回か深呼吸をする。
頭の中で情報を纏める。
なるべく、正しい行動を出来るように。正しい言葉を選択出来るように。
それがどんなに困難かわかっていても、だ。

この場には彼女のことを聴くべき人間が揃っている。

「鳥海ユイ」

なるべく響くように、彼女の名前を呼ぶ。
室内全員の視線を一身に受ける。
アミ君たちと話していた彼女は目を丸くして、僕を見た。

「君に話したいことがある」

「わ、私に? ジン君が?」

「ああ」

「え…と、何かな?」

とことことアミ君たちから離れて僕に近づいてきた。
今まで友好的な関係を築かなかったからか、その瞳は少しだけ怯えたように僕を見上げる。

「二人きりにした方がいいかしら?」

アミ君のその言葉に僕は首を横に振る。

ここでいい。ここでなければ、意味はない。

「君たちも聴くべき話だ。
鳥海ユイ。君は僕たちに隠していることがあるな。
それも重大なことを」

「ふえ?」

彼女が素っ頓狂な声を上げて、目を丸く見開いた。
それから小首を傾げる。
僕はその一連の動作を確認してから、ゆっくりと口を開く。

「鳥海ユイ。君はイオにとても似ているな」

「……ん?」

「君のその笑顔はイオに似ている。
彼女が君のように笑うと、本当にそっくりだ。
まるで同じ人間を見ているように感じる」

「ちょっ、ジン?」

僕の後ろからバン君が声を上げた。
見ればこの室内にいるほとんどの人間が戸惑っているようで、僕の言っていることを飲み込めていないようだった。
目の前の鳥海ユイは真摯に受け止めようと、努力しているように見える。

僕はなるべく冷静に言葉を探す。

「僕はイオに勝負を持ちかけられた」

「勝負?」

「ああ。彼女が誰なのかわかるかどうかという勝負だ」

「そりゃまた難題だねえ」

つまらなそうにしていた仙道君が口を挟む。
僕はそれに頷き、勇気を出してまっすぐに鳥海ユイを見据えた。
青い瞳とは似ても似つかない焦げ茶色の瞳と目が合う。

「正直面倒で、訳が分からなかった。
何故僕なのかという答えも未だ分からない。
ただ、イオが誰かは明確に答えが出せる」

「……え、と…それは本人に直接言うべきではないのかと私は思うのですが…」

「そうだな。僕もそう思う。だから、」

深く深く肺に空気を入れる。
喉が渇く。続く言葉は喉に張り付いて、離れてくれない。
それをどうにか無理矢理引き剥がし、僕は彼女に彼女の秘密を告げる。

「君に言っているんだ。
鳥海ユイ。君がイオだからこそ、僕は君に直接言っているんだ」

「え…」

「な! ちょっと、ジン! 貴方、何言ってるのよ!?」

彼女の後ろからアミ君が猛然と突き進んでくる。
その目には怒りが滲んでいて、それでいてどこか戸惑いを浮かべていた。

不意に気付く。
あの青い瞳を随分と見ていた僕は、その目だけで感情を理解するのが上手くなったな、と。
だからこそ、鳥海ユイの瞳を見るのが今は怖い。

「そのままの意味だ。
鳥海ユイはイオだ。
彼女は僕らの味方であり、同時に敵だった。それだけの簡単な話に過ぎない」

「簡単な、話って…!」

「あ、アミちゃん! 落ち着いて。まだジン君の話、終わってないから…」

「貴女が疑われてるんじゃない!」

「は、話を聞くことも重要だよ。それに皆だって聞きたいはずだよ。
ジン君。なんで私がイオなの? 何か証拠があるの?」

アミ君の腕にへばりつき、彼女を止める鳥海ユイの目を再び見つめることが出来ず、僕は目を反らす。
困惑した周囲と僕との溝が広がるのが空気でわかる。

「君の母親はロシア系だな」

「え、うん。お祖母ちゃんのお母さんがロシア人」

「祖母をトキオブリッジ崩壊事故で亡くしているな」

「うん」

「君も巻き込まれた、はずだ」

「……うん。でも、かすり傷だったよ!」

「もう痕も残ってないよー」と呑気に笑う。
視界の端で八神さんが彼女から視線を外すのが見えた。
娘さんが同じ事故で死亡したと聞いたことがあるので、そのせいかもしれない。
簡単な質問を繰り返し、少しずつ僕の持つ情報を彼女の情報と擦り合わせていく。

腕に鳥海ユイをぶら下げたアミ君はそれを黙って聞いている。
鳥海ユイは僕が質問している情報を他人には言っていなかったのだろう。
多くの人がいるはずの空間は静まり返り、時折息を飲む音が聞こえる程度だ。

意外なのは、比較的鳥海ユイの近くにいたはずのカズ君が何も言わないことだ。
彼は戸惑うような目をしながらも、至って冷静でいる。
それどころか、隣の狼狽えているバン君を宥めていた。

「双子の妹もいたと言っていたな」

「………。うん、いたよ」

妹のことを質問すると彼女は話し辛そうに目を伏せた。
それからアミ君に「大丈夫だよー」と声をかけて、その腕から手を離した。
僕の方へと一歩近づき、少しだけ背の高い僕へと視線を合わせるようにゆっくりと顔を上げる。

その目は純粋に輝いていた。

「瞳の色は青いんだろう。
彼女が言っていた。家族と違うから、随分不自由な思いをしたらしい」

「そう、らしいね。
私は見てないから、それがどういう感じだったのかはわからないけど」

「……イオはさっき僕が質問したことを自分のこととして言っていた。
おかしいじゃないか。
だって、それは全部君のことだ。
何故、鳥海ユイの情報を自分のこととして言う必要がある。
鳥海ユイがイオだと言っていることに他ならないだろう」

「…そのイオが勝手に言ったことじゃないのかなあ。
私の個人情報なんて、ちょっと調べれば出てくるはずだし」

にこりと笑って、反論する。
確かに個人情報なんて、少し知識があれば多少のことは調べられないこともないはずだ。

「それにね、ジン君。
私の妹は死んでるんだから、言葉も何も喋るわけないんだよ?
しかもです。『アルテミス』の時、私とイオは確実に二人同時に存在してたよ?
あれはどうするのかな」

「…お祖父様と同じだ。
アンドロイドなら説明がつく。加えて、イオは僕にアンドロイドに関するデータを送ってきている。お祖父様のアンドロイドが発していた妨害電波を除去するためのデータだ。
これは事前にお祖父様の存在が分かっていたということだろう。
あの場にいた君かイオか…どちらかがそうであるなら、君がやりたかったことは君たちを同一の存在だと意識させないためだと推測できる。
それに君は『アルテミス』以降、イオと顔を合わせたことはないだろう?」

「ちょっと待て。それなら、メタナスGX内部でのはどうなんだよ。
あの時はイオとユイは一応一緒にいたぞ?」

バン君を諌めていたカズ君が言う。
彼の意見にその場に立ち会っていた人たちは頷いたのを確認すると、僕は言葉をひたすら探す。

「イオは音声だけだと聞いている。
インフィニティネットを介しての遠隔操作なら難しいことはない。
画面に注意は逸れるし、誰も鳥海ユイに注目はしなかったはずだ。
彼女が何をしていたか、見ていた人はいるのか?」

「……いいや。見てないな」

「そいつは一番後ろにいたからねえ。余程のことでもないと、振り返って見ようなんて思わないさ」

カズ君が苦しげに首を横に振り、仙道君がそれに続くように状況を詳しく説明してくれた。
鳥海ユイの方を見る。
後ろの心配そうなアミ君とは対照的にどこか楽しそうな笑顔を浮かべている。

「君はイオのフリをして、僕たちの前に現れていたんだ。
目の色はカラーコンタクトでどうにでもなるし、髪もどうにでもなるだろう。
だからイオがいるときに君はいなかったし、『ゴライアス』でバン君が電話しても出なかった」

「うーん。
確かに目の色はどうにでもなるかもしれないけど、出れなかったのは純粋に用事があったからだよ。
それに私はお父さんと親戚の家に行ってたんだから」

楽しそうに彼女は言った。

『お父さん』という言葉が僕には重い。

彼女から視線を反らすのを止め、焦げ茶色の瞳と僕は向き合う。
声が掠れないように必死で抑えた。

「君の家に行ってきた。家の中も、失礼だとは思ったが入らせてもらった」

「ジン君。それ、ふほーしんにゅうだよ。
犯罪、犯罪」

「ああ。そうだな。そこで……君の父親に会った」

「………」

彼女は沈黙する。
すうっと目を一瞬だけ細めたが、すぐににこりと笑った。

「そっかあ。会っちゃったかあ。
まだ、アミちゃんにも会わせたことないのになあ」

ぼろぼろと鳥海ユイの全てが崩れていくような気がした。

次の言葉を言えば、本当に彼女は壊れてしまうのではなかろうか。
それほど鳥海ユイは脆くはないと思いたい。

脳裏に蘇る、いつかのイオの弱々しい青い瞳は見て見ぬふりをする。

「そうだろうな。あれは…正直堪える」

「あー。人のお父さんをそう言い方しないでくださいです!」

噛み合っているように見えてしまう、噛み合っていない会話。

その純粋な目でなんて言葉を出してくるのだろう。
演技だろうか。演技であって欲しい。
それが演技でなければ、彼女は本当に「異常」だ。

彼女の眼には苦しげな顔をする僕が映る。
僕の目には笑う彼女が映っているに違いない。

それをどんな気持ちで彼女が見ているのか、僕にはわからない。






「…君の家で、君の父親の……死体を、見たんだ…」






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