55.小夜鳴き鳥の羽を手折るとき (56/76)


「ここに君たちの仲間がいるわよ」

扉が開く直前、彼女はそう言った。

僕たちの目の前にいるイオの目つきが変わる。
好戦的で、不敵で、いつも見せる顔。

僕はそこで気づいた。
彼女のこういう顔を見るのは、ひどく久しぶりだということに。

恨めしいと思ったことが多かったその表情が、悲しく見えるのは身勝手すぎるだろう。

「さあさあ。入った入った。
私は後ろから行くけど、別に不意打ちなんてしないから、安心して」

「ね?」と念押しするように言うと、彼女は僕たちを先に進ませる。

「バン! ジン!」

狭い通路の向こう側にはアミ君たちがいた。
安心したように顔を綻ばせる中、イオを見ると途端に不機嫌になった。

「なんで、貴女がここにいるのよ?」

「んー。道案内でね。私、君たちを閉じ込めた彼と相性悪いでしょう?
手のひらで転がされるのは癪と言いますか…。
まあ、気にせず気にせず」

「普通気になるだろう」

「大丈夫よ。黙ってるから。
情報漏洩防止にも効果的だわ。
それに君たちの話も聞かないでおくわ」

そう言って、彼女は本当に黙ってしまう。
「しー」と人差し指を唇に当て、微笑む。
慣れているのかなんなのか、隅の方に軽やかに進んでいくといつもの笑顔のまま、何を聞いても答えなくなった。
唯一視線を向けると、ひらりと微かに手を振る程度だ。

楽しそうなその表情は遊んでいるかのようだった。


「おい。あれ、大丈夫かよ?」

「話を聞かれるのはまずくないかしら…」

「いや。大丈夫だろう」

ほとんど彼女が知っていることに違いない。

腑に落ちそうにしながらも、バン君が吹っ切れたことを確認して、アミ君たちは安堵したようだ。
僕は眼下に広がる何かの製造している様子を見る。
あれは、なんだ?

「何だ? あれ」

「ドングリとか言っていたわ」

「一体何なのか、俺たちにもわからないんだ…。
まあ、そこのそいつは知ってるかもしれないけど」

カズ君がその視線をイオへと向かわせる。
彼女はわからないというように小首を傾げるだけだ。
その表情からは何も読み取れない。

「『エターナルサイクラ―』を利用した兵器かもしれない」

「あ、そういえば『イノベーター』のトップは海道義満じゃないみたいなの。
誰かに連絡してたの」

「『フェアリーテイル計画』がどうとかって…」

「海道は誰かの命令で動いてるのに間違いなさそうだな」

「やっぱり、そうか」

「ああ」

バン君の言葉に僕は頷く。

「どういうこと?」

「海道義満はアンドロイドだ」

僕はそう言ってCCMで海道義満の画像を見せる。
そこには機械の骨格が映っていて、アミ君たちが驚いたように声を上げた。

ちらりとイオを見るが、その表情に変化はなかった。

「はっ。
凡人にしては、ちゃんとした連れてこられたようじゃないか」

吐き捨てるかのような声がした。
僕たちが通った扉の前には眼帯をした、僕の知った人物がいた。
神谷コウスケ。
会ったことがないが、見たことはあるお互いに一方的な知り合いだ。

「お褒めに預かり光栄だわ。
君の陰気な誘導は見ていてカビが生えそうだったもの」

「何だと!?」

彼女はいつになく淡白で挑発的な返答をする。
他の皆はわからないが、僕はそれに対して事務的な印象を受けた。
『アキハバラキングダム』でカズ君にしたあの応酬とは比べものにならないほど、その温度は低い。

「あいつが私たちをここに閉じ込めたのよ」

「神谷コウスケ…。神谷重工社長の息子で、天才的なセンスを持つLBXプレイヤーだな」

「ジン。知ってるの?」

「ああ」

彼はしばらくイオに対して何かあれこれと罵っていたが、彼女はそれ全てに律儀にも返答した。
それが気に食わないのか、苦虫を噛み潰したような顔でこちらに向き直る。

「ま、まあ、いい。
海道ジン。君だよね。海道先生に恩を仇で返したっていうのは。
当然報いは受けてもらうよ。
それが世界のルールだからね」

「十数年生きて来ただけの人間に『ルール』とか言われるなんて、世界も可哀想ね」

「っ! 余計な口を挟むな! 凡人!」

「凡人。凡人…って、語彙力ないわね」

「〜〜っ!
そこの君もかかってきなよ!
ここから出たければこの僕を倒すしかないんだしね!」

「ついでに私もいるわよ」

イオが軽く手を振る。
それを遮るように神谷コウスケはDキューブを展開させた。

「やるしかない。行くぞ、バン君!」

「ああ!」

「ルシファー、降臨!」

「ゼノン!」

「オーディーン!」

「ティンカー・ベル」

四体のLBXがフィールドに降り立つが、すぐさまティンカー・ベルは方向を変え、高台の方に移動してしまう。

「余計な邪魔はするな…だったかしら。ご注文は」

「ふん」

戦う以前に何か打ち合わせをしていたのか。
ティンカー・ベルはライフルを一応構えるのみで、僕たちと戦う気はないらしい。
注意を払いつつも、ゼノンとオーディーンをルシファーに走らせる。

武器を振り下ろすが当たらない。
軌道を読まれて避けられる。

さすがに天才と言われるだけのことはある。

「そろそろ行くよ!」

「くっ!」

ルシファーの動きが変わる。
攻撃の動きが見えない。速すぎる。
二人がかりでも動きを止められない。

「…………」

「!」

ゼノンのカメラアイの向こうで、ティンカー・ベルがライフルをゼノンに向けているのが見えた。
今援護射撃をされれば、ブレイクオーバーは避けられない。
距離を取るか?
ルシファーの攻撃を避けながら?
そんなの無理だ。

ライフルの銃口が光るのが見える。
撃たれたと認識する前に、何故かルシファーの羽が一枚はじけ飛んだ。

「何っ!?」

「あらら。ごめんなさい。
当たってしまったわね」

「このっ…神である僕を傷つけておいて…!」

「神様なのに私が援護するってわからなかったのかしら」

「…っ!」

余裕の表情はどこに行ったのか、ルシファーはゼノンを弾き飛ばし、迫っていたオーディーンを一蹴するとその手の剣を無造作に振り下ろした。
狙いは味方であるはずのティンカー・ベル。

ティンカー・ベルはライフルを入れ替えると、まるで傘の骨組みのような武器を取り出す。
ジジ…という音がして展開されたのは、恐らく光学バリアだ。
『アルテミス』でジ・エンペラーの攻撃を防いだのはあれかと、僕は至極冷静に思い至った。
それを軌道をずらすことに使ったのはいいが、ずらされた衝撃波は強化ダンボールの外へ。
通常ならそんなことはありえない。
だからこそ、ルシファーの攻撃の威力が相当だと分かるわけであり、その衝撃波はイオのすぐ真横を通り過ぎて…

「あっ…ぶない」

彼女の髪を結んでいたリボンを切り裂いた。
ライトブルーの布切れが宙を舞い、ぱらりと一緒に切れた黒髪がいくつか地面に落ちる。

そして、重力に従って彼女の長い髪が背中へと下りた。

「はっ。いい気味だな。凡人」

「……このノーコン。まあ、」

鼻で笑った彼に対して、イオは短く悪態を吐くだけですぐにティンカー・ベルの体勢を立て直す。
まるでルシファーの注意を引くかのようにナイフに武器を切り替え、ルシファーに迫るが直前でその体を右に捻らせる。
神谷コウスケの意識がティンカー・ベルに向いていたから、彼は気づかなかったのだろう。

「油断大敵って、知ってるかしら?」

すぐそこに迫っていたオーディーンの武器がルシファーを貫いた。

「よくも…たかが凡人共が神である僕を……!」

額に青筋を浮かべながら、神谷コウスケが叫ぶ。
ルシファーにエネルギーが集まっていくのがわかる。

さすがに状況が悪いのか、いつの間にかティンカー・ベルがゼノンの隣まで下がっていた。

何が来るんだ。

三体のLBXが身構えると、スピーカーから声がした。


《コウスケ。時間だ。何をグズグズしているんだ》


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