54.鏡の国の鏡 (55/76)


「くそっ。
ユイのやつ、なんで電話に出ないんだ」

何度CCMを鳴らしてもユイは出ない。
アミたちからのメールで親戚の家に行っているのは分かっていたけど、一応無事を確認しておこうと思ったのに…。

「………」

隣を歩くジンは無言だ。
いや、どちらかというと、考え込んでいるような気がした。

俺たちが今いる場所は神谷重工本社工場…『ゴライアス』。
侵入したのは良いものの、なかなか目的の場所に辿り着けない。

がむしゃらに走っているからか、でも早くしないと…!

「……誘導されているのか?」

「? どういうことだ。ジン―――」

「わあ。ジン。それ、せいかーい」

「「!」」

背後からの声にCCMを構えながら、振り返る。
そこにはエメラルドグリーン色の機体とCCMを構えるイオ。

お互いに臨戦態勢に入る中、イオが喋り出す。

「遅かったじゃない。
仲間が君たちを待ち焦がれているわよ」

「…っ…。何の用だ。イオ」

「嫌だわ。そんなに睨まないでよ。
ただの道案内をしに来たのよ。
迷ってたんでしょう?」

「道案内?」

「ええ」

にっこりとイオは微笑む。
なんだか友達になれそうだと思ってしまう笑顔で、思わずCCMを下しそうになる。
それをぐっと堪えて、精一杯彼女を睨んだ。

「ジンの言う通り、君たち誘導されているわ。
あんまり可哀想だから、私が迎えに来たのよ」

「……君は『イノベーター』になったのか?」

「いいえ?」

「じゃあ、どうして…」

「仕事、かしら?
生きるためには仕方のないことね。
私の目的とは似ても似つかないけど、こればっかりはしょうがないわ」

「はあ」と溜め息を吐くと、彼女はティンカー・ベルを肩に乗せて、こちらへとやって来る。
敵意はないという現れなのか、その武器は刃を出していない。

オーディーンの武器を構えさせるべきか迷ってジンを見ると、彼は驚いたことにゼノンの武器を下ろしていた。
そして、まっすぐに彼女を見据えている。

その視線を彼女は受け止めると、ゼノンを見て目を細めた。

「あらら。
LBX、変わったのね。ジン」

「ああ」

「そう。良いLBXね。
その子、きっと役に立つわよ」

「………」

イオの褒め言葉にジンは無言。
俺は人を褒めるイオを初めて見たので、目を丸くしてしまった。

なんというか、二人の空気が…敵同士ではない気がする。
俺の勘だけど、なんだろう。この感じ。

「さて、と。
さあ、行きましょう。
大丈夫。君たちの仲間のところに行くまでは、私は攻撃なんてしないわ」

笑顔のまま俺たちの横を通り過ぎると、子供にするように手招きする。

「どうする? ジン」

「付いて行こう」

「え? 即答なのか?」

慎重なジンに似合わず、間髪入れずに言うものだからまた驚いてしまった。

俺の言葉にイオがくすくすと笑う声がする。

「緊張感ないなー」

彼女のその声もすでに緊張感がない。
スキップするかのような軽やかな動きで前を行く彼女を半信半疑で追いかけると、彼女はCCMを操作して閉まったシャッター等を開けていく。

俺は彼女がCCMを操作する度に身構えるのだけれど、本当に戦う気はないらしく、ティンカー・ベルは彼女の肩の上に乗っかったままだった。

しっぽみたいな髪が揺れるのを目で追っていると、視線を感じ取ったのかイオがこっちを向いた。
青い目が丸くて、地球の色だと思う。

「信用できない?」

「そりゃあ、敵だし」

「うん。まあ、当たり前よね。
でも、山野バンとまともに話すのは初めてね!
なんだか楽しいわ」

「た、楽しい?」

「ええ。
他人と話すのって、楽しくない?」

「………ごめん。わかんない」

「あらら。残念」

俺がなんか…どことなくユイを思い出させるふわふわとした動きで前を歩くイオを訝しんでいると、彼女は視線をジンへと移した。

「ジン」

「……」

名前を呼ばれると、ジンの肩が少しだけ震えた。

「三回目だけど、分かったかしら?」

三回目? 何が?

俺が分からずにいると、ジンがゆっくりと視線をイオに合わせる。
イオとは反対の紅い目が鈍く輝いている。

「……。
質問が、ある」

「何かしら?」

「………」

「?」

あると言っておきながら、ジンはまた無言になってしまう。
数秒目を閉じて、深呼吸をして、覚悟を決めたようにイオの青い目を見据えた。

「君は…家族は好きか?」

意外な質問だった。
今それを訊く場面かなと思いつつも、ジンとイオの間には独特の雰囲気があって、しかもぴりぴりとしている。
俺はそのままじっと黙った。

「ええ! 大好きよ。
絶望するぐらいに大好きだわ」

イオは間髪入れずに、俺の見たことがないような笑顔をしながら言った。

もうとびきりの笑顔で。
一瞬、絶対味方だと言いきってしまえるかと思ってしまう。

「…母親のことは?」

「もちろん、大好きよ!
私を生んでくれたんだもの。
今、ここでこうしていられるのはお母さんがいたからなのよ?
絵本も読んでくれたし、私のために一生懸命お仕事してくれたわ。
とっても愛情の深い人。お父さんのことをとてもとても好きだったの。
もう大好きでね、娘の私よりも好きなんじゃないかと思うときがあるわ」

オーバーリアクションで饒舌にそう語ると、キラキラと目を輝かせる。
その姿は宝物を見つけた子供のようだ。
セミの抜け殻とかビー玉を自慢するみたいに……。
LBXを語るアミもこんな感じなので、俺はマシンガントーク二時間コースを覚悟しそうになった。

「父、親は…?」

「お父さん?
大好きよ。
研究職なんだけどね、努力家なのよ。
いつも大学の研究室や家の地下に籠って研究しているの」

『地下』とイオが言ったところで、ジンの目が怯えたように揺れたのを俺は見た。
そんなに不思議なことだろうか。
父さんも自室に籠ってたし、研究職の人って引きこもりっぽいところあると思うんだけど…。

「よく研究内容を人に馬鹿にされて、泣いてたわ。
遊んでくれなかったり、私の話聞いてくれなかったりしたけど、素直な人なの。
あんまり身内に恵まれなかった人だから、『家族』をとても大事にするのよ――」

「大事に、していたものか!」

イオが次を言い出す前にジンが叫んだ。

拳を強く握り、肩を震わせ、唇を噛んでいる。
何かに耐えているのは明白だ。

「ど、どうしたんだ? ジン」

俺が慌てて聞くけれども、彼は怒っているのか何なのか…聞こえていないようだ。

イオはきょとんとした顔をする。
彼女も理由が分からないのか小首を傾げる。
その動作は彼女をより幼く見せた。

「何故、君は父親のことを好きだと言えるんだ…」

「え? だって、家族だから」

「家族だから?」

「ええ。
家族を好きなのに、理由なんてある? 普通ないんじゃないのかしら。
こんな私を育ててくれたのよ。
もしも、理由を上げるならそれぐらいで十分だわ」

「――っ」

イオの言葉は家族がいるなら普通のことだと思うのに、ジンは腑に落ちなさそうな表情をする。

俺は話が見えないから、口も挟めないし、訳わからないしで大混乱だ。
俺の気持ちを察したのか、イオが微笑みかけてくる。

もう味方にしか思えないその微笑みは子供っぽくて、うーんと…純真? みたいな?
まっすぐすぎて、ひたすらで、何も否定できないそんな笑顔だった。


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