53.溺死を願う魚の想い (54/76)


身勝手な親というのは少なからずいる。

『遺書』の文面を見ていると、特にそう思う。

僕が違和感を持って、避けるようにしていた鳥海ユイの笑顔は色々なものを飲み込んだ笑顔だったのだろうか。
僕はその笑顔を嫌った。

彼女の置かれている状況を冷静に整理して、考えられる今なら…思う。
申し訳ないことをした。
それでも、同情するのは違う気がした。

両親を失っているということや崩壊事故に巻き込まれたことへの仲間意識?

この…どうしようもない状況に対する憐み?

わからない。
色々な感情が自分の中に存在し、どれが本当なのか自分でもわからなくなる。

「………じいや」

「はい」

「メモにあった通り、然るべき対処をお願いできるか?」

「はい。かしこまりました」

ならば、せめて正しいと思うことをしよう。

父親の死体の対処をじいやに頼み、僕はパソコンを調べる。
中のデータは空っぽだった。

やはりか、と思いながらパソコンから離れる。
じいやはどこかに連絡しているので、僕は死体を視界に入れないようにしながら、再び部屋の中を調べる。

大きな本棚が目に入る。
雑多なその棚は一応はアルファベット順に並んでおり、いくつか空きがあるのがわかる。
それは子供部屋にあった本だとわかり、何回も彼女がこの部屋に入ったことを証明していた。
現に床やパソコン机には埃が目立つが、扉から本棚にかけては少ない。

「…………」

父親の死体を見ながら……。

想像すると、悪寒が走る。
押さえていた吐き気がまた込み上げてくる。

「は…あっ…」

大きく息を吸う。
この空間で息することが辛い。

からん、と懐中電灯が床に落ちる。
思わずコルクボードに手を付くと、メモが何枚か破れて落ちてきた。

その一枚が目に入る。

『私は――』

あの震えた小さな文字。

「『私は――』?」

その後はない。
途中で諦めたのか、ぐちゃぐちゃとした黒塗りが続くだけだ。

それは、今の僕の心の中を表しているかのようだった―――………


もう生きている者が誰もいない家を後にする。

向かうべきはバン君の家だ。
その道すがら、僕は鳥海ユイのことを考える。

もう僕の中に答えはある。
あとはタイミングだ。
これは…多分、僕一人の手でどうにかなる問題じゃない。

「………」

酷なことだと思いながら、それでも彼女の正体を晒す場所はそういう場でなくてはならないと思った。

より大勢の前で…彼女が騙していた人の前で、その正体を晒さなければならないのではないのか。

我ながら酷い考えだ。
それでも…それでも…

「それも、全てわかってやっていたのか? イオ」

呟いて、気づく。
写真立てから取り出したメモリーをポケットに入れっぱなしにしていたことに。


■■■


手を握る、開く。

その単純な動作を繰り返す。
それは家ではいつもやっていることで、慣れた動作だったけれど、あまり人前ではしないようにしている。
暇つぶしみたいなもので、特に意味はなかった。

「…………」

川村アミたちが捕まっている室内の外、神谷コウスケと同じ空間を避けた結果として、そこにいた。
別段嫌ったわけでもないけれども、あまり付き合いたい部類の相手でもなかった。
それから、嫌悪感のある態度を取っておいた方が後々楽そうだと思ったから彼とは距離を取った。

「まだかしら?」

海道ジンと山野バンは既にゴライアス内部に侵入している。
その様子をCCMでぼんやりと確認していると、彼らはアンドロイドである海道義満と戦闘を開始したようだ。

「………」

カメラをいくつか操作して、その様子を見守る。
山野バンの表情に曇りはなく、ああ、吹っ切れたのかなと安堵した。

彼らの相手をしているLBXはAI搭載型。
学習能力もあり、手強い相手ではあるけれど、敵ではないだろうと彼女は思う。
実際に最初は押されても、AIを上回る動きで海道義満を追いつめていく。

海道ジンにとって、これは一つの通過儀礼だろう。
アンドロイドである海道義満を倒したのは山野バンの一撃でも、倒したという意味は大きい。

彼が海道義満の横を覚悟を決めた顔で過ぎていくのを確認する。

「さて、と…」

こちらも覚悟を見せよう。
とうの昔に出来ていた覚悟を持って、ゆっくりと立ち上がる。

それから「多分」と呟き、

「きっと今じゃないんだろうなあ」

少し先の未来予想をした。

立ち上がり、神谷コウスケが陰気なことを始める前に行こうと思ったところで、ポケットのCCMが鳴る。

「………」

彼女はそれに出ず、何回か振動して止まるのを待った。
しばらくそれが間隔を上げて続いたが、そのうち止んだ。

「……あーあ、あいたいなー」

独り言は虚しく空気に溶けて消えた。



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