50.君が殺したのは誰? (51/76)
悠介さんが死んだとき、現場にいた四人の中で一番冷静だったのはユイだ。
慌ててはいたけれど、一番状況をわかっていたし、拓也さんたちに話を聞かれて一番答えていたのもユイだった。
そのユイは悠介さんの死から一、二日は学校に来ていたけど、身内に不幸があったということでここ三日は学校を休んでいる。
「バンは五日も休みか…」
「仕方がないわよ。目の前で悠介さんが亡くなるのを見たんだもの」
「そうだよな…」
「ええ。ユイも心配してるわ」
「だろうな。
ユイはあと二、三日は親戚ん家から動けねえって言うし、くそっ」
「こればっかりはしょうがないわよ。
世界の危機なんて、言う訳にはいかないもの」
理解してももらえないだろうし、ユイが動けないのは致し方ないことだと割り切るしかない。
そのユイからは私のCCMに逐一メールが送られてくる。
現状報告が主だけれど、とりあえず元気みたいで良かったわ。
そう思っていたら、CCMが鳴って、ユイからメールが来た。
カズにもメールが来たことを告げて、読み上げる。
『やっぱり結構時間がかかりそう。
お父さんはお世話になった親戚だから最後までいると言っているので、私も動けないです〜。
拓也さんにも相談したけど、もともと秘密なことが多いので説明も難しいからそのままいろと言われたよ。
私が帰るまで、危ないことはしないでね! ユイ』
「――だそうよ」
「自分の方が危ないことするだろって返しておこうぜ」
「そうね」
カズと相談してメールを打って、ユイに送った。
でもその後、私たちの方が危ないめに会うことになるのだけれど…。
■■■
イオが餞別だと言って渡してきたデータは妨害電波の周波数とそのための対処法だった。
それに気づいたのは、お祖父様がアンドロイドではないかと思い、探ろうとした時だ。
調べてみると、お祖父様周辺には特殊な妨害電波が発生していて、各種カメラ機能に障害を来すようになっていた。
LBXのカメラ映像にノイズが走っていたのが、データにあった対処法を取ると、鮮明になった。
その鮮明な画像を見ながら、僕は重い溜め息を吐く。
僕の知っているお祖父様は、もうこの世にいなかったのだ。
ふらふらとする足をどうにか支え、思考をどうにか整える。
今は立ち止まるべき時ではない。
悩むのも、立ち止まるのもいつでも出来る。
そんなものは後回しだ。
全ては終わってから、考えればいい。
もう歩くことはないだろう海道邸の廊下を早足で進む。
途中でじいやと合流し、その手にあった資料を受け取る。
「鳥海ユイが双子というのは本当か?」
「はい。
交通事故で妹さんが死亡したというのも本当でございます。
随分酷い事故だったようです。
何でも、顔の判別が出来ない程だったとか…」
「そう、か…」
それ程の事故を目の前にしたというならば、彼女のあの反応はやはりおかしい。
資料を捲っていくと、鳥海ユイのプロフィールが事細かに書かれているのが目に入る。
「それから、鳥海様は以前トキオブリッジ崩壊事故に合われています。
その際、坊ちゃまと病室が一緒だったようです。
幸い怪我の方は大したことがないようだったらしく、二、三日で退院していました」
病院で会っていたのは鳥海ユイだったというわけか。
入院記録と家族構成の資料を見る。
トキオブリッジ崩壊事故にて母方の祖母が死亡。
祖母はロシア系で、ロシアに在住していたとある。
ここまではイオの情報と合致する。
妹の交通事故の記事もあるが、小さな記事だった。
内容も日付と『交通事故で女児と研究職の男性死亡』しか書かれていない。
「幼い頃に両親が離婚され、鳥海様はお父上に、妹さんはお母上に引き取られています。
ですが、妹さんが事故死した後はすぐにお母上もご病気で亡くなっています」
「母親も亡くなっていたのか…」
「はい。
それから、もう一つ気になることがあるのですが…」
「なんだ?」
「鳥海様の方ですが、ここ最近夜間も家に帰っていないようです。
それからお父上の方も最近は大学の方に顔を出していないとのことです。
…先日、私もご自宅の傍まで参ったのですが、どうにも奇妙と言いますか…。
外見は普通なのですが…」
「………」
言い淀んでいるということは、余程の違和感があったのか。
アミ君に確認したところ、ここ何日かは鳥海ユイは家を日中留守にしているらしい。
住所を確認する。
あまり遠い場所にはない。
「……どうする?」
ぼそりと呟く。
悠介さんが死んだ。
『イノベーター』にエターナルサイクラ―も奪われてしまった。
イオの動向もわからない。
敗色は濃厚だ。
彼女が僕たちの敵である以上は彼女のことを把握しておく必要性がある。
加えて、もしも本当に裏切るのだとしたら…。
いや、そもそも前提が間違っていたのかもしれない。
鳥海ユイの双子の妹は事実死んでいる。
彼女自身も言っていたというのは信憑性を疑うべきだが、じいやの用意した資料に間違いはないだろう。
ならば……鳥海ユイとイオは――……
自分の考えを否定したくなった。
普通ならば考えられないことで、もしもそうなら…あの家族のことを楽しそうに話しているイオはなんだったのだろう。
考えれば、考える程、彼女のやっていることは虚しいものに思えてならない。
むしろ、滑稽か。
「カーニバル…」
彼女が言っていたことを思い出す。
「私がやっていることは全てカーニバルなのよ」と彼女は笑いながら言っていた。
あれはどういう意味なのか。
ただ単に騒いでいるだけという意味なのか、別の意味があるのか。
「ジン様。イオ様について一つ意見してもよろしいでしょうか?」
「なんだ? じいや」
「私はジン様の話を聞いただけなのですが、イオ様は本当にジン様たちの敵なのでしょうか?」
「? どういうことだ?」
「イオ様は現状、ジン様たちの敵として振る舞われています。実際に妨害も行っていますが、どれも成功してはいません。
そして、『イノベーター』のようにそれを取り戻すために動いているという印象を受けません。
『イノベーター』の作戦に便乗しているだけという方が私としてはしっくりきます。
あくまで私個人の意見ではありますが」
その意見は一理あるかもしれない。
彼女は敵でありながら、敵らしい素振りは見せても明確な敵として僕たちを妨害していない。
何よりユウヤを助けた。
解読コードを無理矢理奪うことをしなかった。
アキハバラキングダムで僕たちにわざと負けた。
どれも敵としては未完成だ。
「……じいや。頼みがある」
「はい。なんでしょう」
「…鳥海ユイの家に行きたい。
何か、手掛かりがあるかもしれない」
それは本来許されることではないが、僕は行かなければいけないと思った。
そして、後にこれを後悔することになる。
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